【判例解説】防衛行為の一体性と過剰防衛➀(総論):最決平成20年6月25日
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1.正当防衛が成立する第一暴行と、正当防衛が成立しない第二暴行との間には断絶があるので、両暴行を全体的に考察して判断するのは妥当ではないとして、第二暴行に犯罪の成立を認めた事例 |
1.事案の概要
被告人は、屋外喫煙所の外階段下で喫煙し、その後屋内に戻ろうとしました。すると、甲が、その知人である乙及び丙と一緒におり、甲は、「ちょっと待て。話がある。」と被告人に呼び掛けました。
被告人は、以前にも甲から因縁を付けられて暴行を加えられたことがあり、今回も同様の事態となるのではないかと考えました。しかし被告人は、同人の呼び掛けに応じて、共に上記屋外喫煙所の外階段西側へ移動しました。
被告人は、同所において、甲からいきなり殴り掛かられました。被告人は、これをかわしたものの、腰付近を持たれて付近のフェンスまで押し込まれました。甲は、更に被告人を、自己の体とフェンスとの間に挟むようにして両手でフェンスをつかみ、被告人をフェンスに押し付けながら、ひざや足で数回けりました。被告人も甲の体を抱えながら足を絡めたり、けり返したりしました。
二人がもみ合っている現場に、乙及び丙が近付くなどしたので、被告人は、乙らに対し「おれはやくざだ。」などと述べて威嚇しました。そして、甲の顔面を1回殴打しました。
その後、甲は、その場にあったアルミ製灰皿を持ち上げ、被告人に向けて投げ付けました。被告人は、投げ付けられた灰皿を避けながら、体勢を崩した甲の顔面を右手で殴打しました。すると甲は、頭部から落ちるように転倒し、後頭部をタイルの敷き詰められた地面に打ち付け、仰向けに倒れたまま意識を失ったように動かなくなりました(以下,ここまでの暴行を「第1暴行」といいます。)。
被告人は、憤激の余り、意識を失ったように動かなくなって仰向けに倒れている甲に対し、「おれを甘く見ているな。おれに勝てるつもりでいるのか。」などと言いました。そして、甲の腹部等を足げにしたり、足で踏み付けたりし、さらに、腹部にひざをぶつけるなどの暴行を加えました(以下、第1暴行以後のここまでの暴行を「第2暴行」といいます。)。
甲は、第2暴行により、肋骨骨折、脾臓挫滅、腸間膜挫滅等の傷害を負い、6時間余り後に、頭部打撲による頭蓋骨骨折に伴うクモ膜下出血によって死亡しました。もっとも、この死因となる傷害は、第1暴行によって生じたものでした。
原判決は、被告人の第1暴行については正当防衛が成立するとしました。他方で、第2暴行については、甲の侵害は明らかに終了している上、防衛の意思も認められず、正当防衛ないし過剰防衛が成立する余地はないから、被告人は第2暴行によって生じた傷害の限度で責任を負うべきであるとして、第2暴行につき傷害罪が成立するとしました。
(関連条文)
・刑法36条1項 「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」
・同条2項 「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」
・刑法204条 「人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。」
・刑法205条 「身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、3年以上の有期懲役に処する。」
【争点】
・被告人による第一暴行と第二暴行は、一連の行為として評価すべきか、あるいは、個別の行為として評価すべきか
・一連の行為として評価すべきことを前提に、被告人の第二暴行と甲の死に、因果関係は認められるか
2.判旨と解説
*正当防衛の解説はこちら
原審は、被告人の第一暴行は無罪としながらも、第二暴行について傷害罪が成立するとしました。これに対し被告人は、第一暴行及び第二暴行は、一体のものとして評価すべきであるから、被告人の一連の行為に正当防衛が成立し、かつ、無罪にすべきと主張しました。
*傷害致死罪の解説はこちら
上の主張の当否について検討する前に、第一暴行、第二暴行それぞれに、正当防衛が成立するか、簡単に見てみましょう。
第一暴行は、甲による各種の暴行に対応して行ったものです。そのため、急迫不正の侵害、及び、防衛の意思は認められます。また、被告人は、甲の各種の暴行に対応して攻撃を繰り出しています。最終的に、甲が灰皿を投げつけるなどしてきたのに対し、被告人は、顔面を1発殴るといった程度の行為でのみ応対しています。以上を踏まえると、被告人の行為は、防衛行為として必要性及び相当性を有するものといえるので、やむを得ずにした行為といえます(なお、現在の最高裁(最決平成29年4月26日)の判断手法からすると、被告人と甲との従前の関係性から、そもそも急迫不正の侵害が存在しないと評価する余地もあるかと思います。)。
他方で、第二暴行の時点では、甲は倒れこんでおり、急迫不正の侵害はもはや存在しません。そのため、正当防衛及び過剰防衛が成立する余地はありません。
次に、第一暴行と第二暴行を、1個の行為として評価できないか検討します。
上記暴行が1つの暴行だとすると、被告人による暴行は、急迫不正の侵害に対し、防衛の意思をもって行われたものとなります。そして、この暴行は、全体として評価すると、急迫不正の侵害が終了したのに、続けて防衛行為をしてしまったもの(量的過剰)となります。そして、この過剰部分が、防衛行為としての相当性を欠くとして、過剰防衛が成立すると考えるのです。
つまり、客観的事実としては、第二暴行については急迫不正の侵害は存在しないのに、両暴行を1個の行為と考えることにより、いわば無理矢理、急迫不正の侵害の存在を肯定するのです。
*量的過剰及び過剰防衛の解説はこちら
そこで、第一暴行と第二暴行を一体のものとして評価できるのはいかなる場合か、問題になります。最高裁は、両暴行は、➀時間的場所的には連続しているものの、甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で性質を異にする②被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることを指摘し、両暴行の間には断絶があるとします。そのため、両暴行を全体的に考察して過剰防衛を認めることはできないとします。
以上より、被告人による第一暴行、第二暴行は、2つの暴行行為として評価することとなります。そして、上で述べた通り、第二暴行には正当防衛はおろか、急迫不正の侵害はないので、過剰防衛が成立することはありません。そのため、被告人に傷害罪の成立が認められました。
なお、本件で甲が死亡したのは、第一暴行が原因です。第一暴行と甲の死の間に、第二暴行がありますが、甲の死因は第一暴行により生じたクモ膜下出血です。そのため、第二暴行の介在があっても、第一暴行の危険性が現実化したと評価できるので、第一暴行は、傷害致死罪の構成要件に該当します。
しかし、第一暴行については、正当防衛が成立するため、不可罰となります。そのため、被告人が処罰されるのは、第二暴行を行ったことのみが原因となります。しかし、甲の死は、第二暴行によって引き起こされたものではない、つまり、甲の死は、第二暴行の危険性が現実化したものではありません。そのため、被告人には傷害罪(肋骨骨折、脾臓挫滅、腸間膜挫滅等の傷害)しか成立しません*。
*もっとも、本件判決の論理には問題点があることも指摘されています。
例えば、第一暴行により傷害の結果が生じ、第二暴行からは、傷害の結果が生じていないとします。この場合、防衛行為の一体性が否定されると、第一暴行は正当防衛により無罪、第二暴行には暴行罪が成立します。これは、本件と同じような話なので、不都合はありません。
他方で、防衛行為の一体性が肯定された場合には、全体として、1つの傷害罪の構成要件に該当します。そして、上記最高裁の論理によれば、これは、過剰防衛となる可能性があります。しかし、過剰防衛は、被告人の行為に犯罪が成立することを前提にしています。そうすると、上記扱いは、第一暴行と第二暴行を分断して評価すれば犯罪が成立しなかった部分について、犯罪として扱い処罰するもの、ということになってしまいます。しかし、だからといって、暴行から傷害の結果が生じているのに、全体を1個の過剰防衛としての暴行罪、とするのも違和感があります。
この点について、最決平成21年2月24日は、量刑面で考慮すれば足りるから、全体を傷害罪として扱ってよい、としています。
*因果関係の解説はこちら
*大阪南港事件の解説はこちら
「前記1の事実関係の下では,第1暴行により転倒した甲が,被告人に対し更なる侵害行為に出る可能性はなかったのであり,被告人は,そのことを認識した上で,専ら攻撃の意思に基づいて第2暴行に及んでいるのであるから,第2暴行が正当防衛の要件を満たさないことは明らかである。そして,両暴行は,時間的,場所的には連続しているものの,甲による侵害の継続性及び被告人の防衛の意思の有無という点で,明らかに性質を異にし,被告人が前記発言をした上で抵抗不能の状態にある甲に対して相当に激しい態様の第2暴行に及んでいることにもかんがみると,その間には断絶があるというべきであって,急迫不正の侵害に対して反撃を継続するうちに,その反撃が量的に過剰になったものとは認められない。そうすると,両暴行を全体的に考察して,1個の過剰防衛の成立を認めるのは相当でなく,正当防衛に当たる第1暴行については,罪に問うことはできないが,第2暴行については,正当防衛はもとより過剰防衛を論ずる余地もないのであって,これにより甲に負わせた傷害につき,被告人は傷害罪の責任を負うというべきである。以上と同旨の原判断は正当である。」