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【判例解説】性的意図の要否(各論):最高裁平成29年11月29日最高裁大法廷判決 

Last Updated on 2021年1月13日

 

Point 
1.昭和45年判例を変更し、強制わいせつ罪の成立に性的意図の要件は不要とした。 

 

1.事案の概要 

 

被告人は被害者が13歳未満の女子であることを知りながら被害者に対し,被告人の陰茎を触らせ口にくわえさせ被害者の陰部を触るなどのわいせつな行為をしました。 

 

なお、被告人は、自己の性欲を刺激興奮させ満足させる意図はなく金銭目的であったという弁解をしており、実際に第一審は被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いが残るとの認定をていましいた。 

 

(関連条文)  

・刑法176条 「13歳以上の者に対し、暴行又は脅迫を用いてわいせつな行為をした者は、6月以上10年以下の懲役に処する。13歳未満の者に対し、わいせつな行為をした者も、同様とする。 

 

【争点】   

・強制わいせつ罪の成立に性的意図は必要か 

 

2.判旨と解説 

 

 本件では、被告人に強制わいせつ罪が成立するか否かが問題になりました。 

 

 かつての判例は、条文に明記されているわけではありませんが、強制わいせつ罪の成立には性的意図が必要と解してきました。 

 

昭和45年判例は~、「刑法176条前段のいわゆる強制わいせつ罪が成立するためには,その行為が犯人の性欲を刺戟興奮させまたは満足させるという性的意図のもとに行なわれることを要し,婦女を脅迫し裸にして撮影する行為であっても,これが専らその婦女に報復し,または,これを侮辱し,虐待する目的に出たときは,強要罪その他の罪を構成するのは格別,強制わいせつの罪は成立しないものというべきである」と判示~したものである。  

 

 この判例を前提とすれば、本件で被告人に性的意図があったと認定するには合理的な疑いがあるというのであるから、性的意図は認められず、強制わいせつ罪は成立しないことになります(もっとも、本件のような事案で性的意図が存在しないなどということがありうるのかについては疑問)。 

 

しかし、最高裁は本件で昭和45年判決を明示的に変更しました。主な理由は以下の通りです。 

 

強制わいせつ罪の成立要件として、性的意図を求める趣旨の文言がない 

 

②学説上も、性的意図不要説が有力・・・性的意図の存否は、被害者の法益侵害とは無関係 

 

③昭和45年判例によると、性的意図が無い場合には強要罪(強制わいせつ罪より法定刑が軽い)が成立するにとどまることになるが、性的意図の有無により結論が異なる理由を明らかにしていない 

 

④強姦罪(現在の強制性交等罪)の成立には性的意図は不要と解されてきたこととの整合性 

 

⑤諸外国の動向を考慮すると、現在において強制わいせつ罪の成立には性的意図が必要との判断が確として揺るぎないものとすることはできない 

 

2度の刑法改正が性犯罪とその被害の実態に対する社会の受け止め方の変化を反映したものであることを踏まえると、強制わいせつ罪の成立要件の解釈にあたっては、性的被害の有無・程度等に目を向けるべきで、行為者の性的意図を要件とする解釈は今や維持しにくい 

 

わいせつな行為に当たるか否かの判断に際して、性的意図といった主観的事情を考慮すべき場合はあり得るが、故意以外の主観的要件として一律に性的意図を要求するのは相当ではない 

 

最高裁は結論として、被告人の行為には強制わいせつ罪が成立するとしました。 

 

↓以下原文

しかしながら,昭和45年判例の示した上記解釈は維持し難いというべきである。現行刑法が制定されてから現在に至るまで,法文上強制わいせつ罪の成立要件として性的意図といった故意以外の行為者の主観的事情を求める趣旨の文言が規定されたことはなく,強制わいせつ罪について,行為者自身の性欲を刺激興奮させたか否かは何ら同罪の成立に影響を及ぼすものではないとの有力な見解も従前から主張されていた。これに対し,昭和45年判例は,強制わいせつ罪の成立に性的意図を要するとし,性的意図がない場合には,強要罪等の成立があり得る旨判示しているところ,性的意図の有無によって,強制わいせつ罪(当時の法定刑は6月以上7年以下の懲役)が成立するか,法定刑の軽い強要罪(法定刑は3年以下の懲役)等が成立するにとどまるかの結論を異にすべき理由を明らかにしていない。また,同判例は,強制わいせつ罪の加重類型と解される強姦罪の成立には故意以外の行為者の主観的事情を要しないと一貫して解されてきたこととの整合性に関する説明も 特段付していない。元来,性的な被害に係る犯罪規定あるいはその解釈には,社会の受け止め方を踏まえなければ,処罰対象を適切に決することができないという特質があると考えられる。諸外国においても,昭和45年(1970年)以降,性的な被害に係る犯罪規定の改正が各国の実情に応じて行われており,我が国の昭和45年当時の学説に影響を与えていたと指摘されることがあるドイツにおいても,累次の法改正により,既に構成要件の基本部分が改められるなどしている。こうした立法の動きは,性的な被害に係る犯罪規定がその時代の各国における性的な被害の実態とそれに対する社会の意識の変化に対応していることを示すものといえる。これらのことからすると,昭和45年判例は,その当時の社会の受け止め方などを考慮しつつ,強制わいせつ罪の処罰範囲を画するものとして,同罪の成立要件として,行為の性質及び内容にかかわらず,犯人の性欲を刺激興奮させ又は満足させるという性的意図のもとに行われることを一律に求めたものと理解できるが,その解釈を確として揺るぎないものとみることはできないそして,「刑法等の一部を改正する法律」(平成16年法律第156号) は,性的な被害に係る犯罪に対する国民の規範意識に合致させるため,強制わいせつ罪の法定刑を6月以上7年以下の懲役から6月以上10年以下の懲役に引き上げ,強姦罪の法定刑を2年以上の有期懲役から3年以上の有期懲役に引き上げるなどし,「刑法の一部を改正する法律」(平成29年法律第72号)は,性的な被害に係る犯罪の実情等に鑑み,事案の実態に即した対処を可能とするため,それまで強制わいせつ罪による処罰対象とされてきた行為の一部を強姦罪とされてきた行為と併せ,男女いずれもが,その行為の客体あるいは主体となり得るとされる強制性交等罪を新設するとともに,その法定刑を5年以上の有期懲役に引き上げたほか,監護者わいせつ罪及び監護者性交等罪を新設するなどしている。これらの法改正が,性的な被害に係る犯罪やその被害の実態に対する社会の一般的な受け止め方の変化を反映したものであることは明らかである。以上を踏まえると,今日では,強制わいせつ罪の成立要件の解釈をするに当たっては,被害者の受けた性的な被害の有無やその内容,程度にこそ目を向けるべきであって,行為者の性的意図を同罪の成立要件とする昭和45年判例の解釈は,その正当性を支える実質的な根拠を見いだすことが一層難しくなっているといわざるを得ず,もはや維持し難い。もっとも,刑法176条にいうわいせつな行為と評価されるべき行為の中には,強姦罪に連なる行為のように,行為そのものが持つ性的性質が明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等如何にかかわらず当然に性的な意味があると認められるため,直ちにわいせつな行為と評価できる行為がある一方,行為そのものが持つ性的性質が不明確で,当該行為が行われた際の具体的状況等をも考慮に入れなければ当該行為に性的な意味があるかどうかが評価し難いような行為もある。その上,同条の法定刑の重さに照らすと,性的な意味を帯びているとみられる行為の全てが同条にいうわいせつな行為として処罰に値すると評価すべきものではない。そして,いかなる行為に性的な意味があり,同条による処罰に値する行為とみるべかは,規範的評価として,その時代の性的な被害に係る犯罪に対する社会の一般的な受け止め方を考慮しつつ客観的に判断されるべき事柄であると考えられる。 

 

そうすると,刑法176条にいうわいせつな行為に当たるか否かの判断を行うためには,行為そのものが持つ性的性質の有無及び程度を十分に踏まえた上で,事案によっては,当該行為が行われた際の具体的状況等の諸般の事情をも総合考慮し,社会通念に照らし,その行為に性的な意味があるといえるか否かや,その性的な意味合いの強さを個別事案に応じた具体的事実関係に基づいて判断せざるを得ないことになる。したがって,そのような個別具体的な事情の一つとして,行為者の目的等の主観的事情を判断要素として考慮すべき場合があり得ることは否定し難い。しかし,そのような場合があるとしても,故意以外の行為者の性的意図を一律に強制わいせつ罪の成立要件とすることは相当でなく,昭和45年判例の解釈は変更されるべきである。  

 

そこで,本件についてみると,第1審判決判示第1の1の行為は,当該行為そのものが持つ性的性質が明確な行為であるから,その他の事情を考慮するまもなく,性的な意味の強い行為として,客観的にわいせつな行為であることが明らかであり,強制わいせつ罪の成立を認めた第1審判決を是認した原判決の結論は相当である。 

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