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【判例解説】急迫不正の侵害と36条の趣旨(総論):最決平成29年4月26日

Last Updated on 2023年2月1日

【判例解説】急迫不正の侵害と36条の趣旨(総論):最決平成29年4月26日

Point
1.侵害の急迫性の判断は、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものか否かといった観点から決せられる。

 

1.事案の概要

 

 被告人は、知人である甲から、平成26年6月2日午後4時半ごろ、不在中の自宅の玄関扉を何度もたたかれました。そして、その頃から翌日午前3時ころまでの間、何十回も電話で脅迫を受けたので、非常に立腹していました。

 

 同日午前4時過ぎ、甲から電話で、マンションの前に来ているから降りてくるよう言われたので、自宅にあった包丁(刃体の長さ訳13.8cm)にタオルを巻き、これを持参して自宅マンション前の路上に向かいました。

 

 被告人を見つけた甲は、ハンマーをもって駆け寄ってきました。被告人は、威嚇的行動をとることなく、甲に近づきました。そして、ハンマーで殴り掛かってきたAの攻撃を防ぎながら、殺意をもって、上記包丁で甲の左側胸部を刺し、甲を殺害しました。

 

(関連条文)

 

・刑法36条1項 「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」

 

・同条2項 「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。」

 

【争点】

 

・本件で、急迫不正の侵害は存在するか

 

 

2.判旨と解説

 

*正当防衛についての解説はこちら

 

 被告人の行為は、殺人罪の構成要件に該当します。次に、被告人に正当防衛が成立するか否かが問題になります。

 

*殺人罪の解説はこちら

 

 正当防衛が成立するか否かの判断で、一番最初に検討するのは、急迫不正の侵害の存在です。本件で甲は、ハンマーをもって被告人に殴りかかってきているので、急迫不正の侵害は認められるかのように思われます。

 

 もっとも、最高裁は、積極的加害意思をもって不正の侵害に臨んだ場合には、急迫性が否定されるとしています。ようは、このような場合には、正当防衛はおろか、過剰防衛すら成立しないとするのです。

 

*積極的加害意思について判断した判例はこちら

 

 そうすると、本件では、被告人に積極的加害意思があるか否かを検討することになりそうです。

 

 しかし、本件において最高裁は、急迫性の判断に際して、従前の最高裁判例とは異なる、あるいは、言い回しを変えた判断をします。

 

 まず、刑法36条は、緊急状況の下、侵害排除を例外的に認めた規定だとします。そのため、侵害を予期しているからといって、急迫性が否定されるとすべきではないとします(ここまでは、以前の判例も同様の立場です)。

 

 次に、急迫性の判断は、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきとします。そして、急迫性が否定されるのは、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合とします。その例示として、積極的加害意思がある場合を挙げています。

 

 ようは、急迫性が否定されるか否かは、刑法36条の趣旨を考慮して決するべきであって、急迫性が否定されるのは、積極的加害意思がある場合に限られないということです。

 

 「刑法36条は,急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに,侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。したがって,行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合,侵害の急迫性の要件については,侵害を予期していたことから,直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号同46年11月16日第三小法廷判決・刑集25巻8号996頁参照),対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである。具体的には,事案に応じ,行為者と相手方との従前の関係,予期された侵害の内容,侵害の予期の程度,侵害回避の容易性,侵害場所に出向く必要性,侵害場所にとどまる相当性,対抗行為の準備の状況(特に,凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等),実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同,行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し,行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(最高裁昭和51年(あ)第671号同52年7月21日第一小法廷決定・刑集31巻4号747頁参照)など,前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。」

 

 本件で被告人は、甲の呼出しに応じて現場に行けば、甲に襲われることはわかっていました。また、甲は、午前4時ごろにやってきたとはいっても、自宅玄関に押しかけてきたわけではないので、甲の呼び出しに応じずに、警察に連絡して助けを求めることが可能でした。にもかかわらず被告人は、包丁を用意し甲の下へ向かい、威嚇などをすることなくその左側胸部を、包丁で突き刺しています。

 

 最高裁は、これらの事情を指摘し、被告人の行為は、36条の趣旨に照らし許容されるものではないから、急迫性が否定されるとします。結論として、被告人に、殺人罪の成立を認めました。

 

 「前記1の事実関係によれば,被告人は,Aの呼出しに応じて現場に赴けば,Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら,Aの呼出しに応じる必要がなく、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず,包丁を準備した上,Aの待つ場所に出向き,Aがハンマーで攻撃してくるや,包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき,Aの左側胸部を強く刺突したものと認められる。このような先行事情を含めた本件行為全般の状況に照らすと,被告人の本件行為は,刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず,侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである。」

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