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1.不作為による殺人罪が成立するか |
1.事案の概要
被告人は、シャクティパット治療(手の平で患者の患部をたたいてエネルギーを患者に通すことにより自己治癒力を高める)という独自の治療を施すことができる特別の能力を持つとして信奉者を集めていました。被害者であるAは、被告人の信奉者でした。
Aは、脳内出血で倒れて病院に入院し、意識障害のため痰の除去や水分の点滴等を要する状態にあり、生命に危険はないものの、数週間の治療を要し,回復後も後遺症が見込まれました。B(Aの息子)も、被告人の信奉者であり、後遺症を残さずに回復できることを期待してAに対するシャクティパット治療を被告人に依頼しました。
被告人は、脳内出血等の重篤な患者につきシャクティ治療を施したことはなかったにもかかわらずBの依頼を受け,滞在中のホテルで同治療を行うとしてAを退院させることを考えました。そこで被告人は、Aを退院させることはしばらく無理であるとする主治医の警告や、その許可を得てからAを被告人の下に運ぼうとするBら家族の意図を知りながら、「点滴治療は危険である。今日、明日が山場である。明日中にAを連れてくるように。」などとBらに指示して、Aを入院中の病院から運び出させました。
被告人は、ホテルまで運び込まれたAの容態を見て、そのままでは死亡する危険があることを認識しましたが、自分の指示の誤りが露呈することを避ける必要などから、シャクティパット治療をAに施すにとどまり,未必的な殺意をもって、Aの生命維持のために必要な医療措置を受けさせないままAを約1日の間放置し、痰による気道閉塞に基づく窒息によりAを死亡させました。
(関連条文)
・刑法199条 「人を殺した者は、死刑又は無期若しくは5年以上の懲役に処する。」
2.判旨と解説
本件では、被告人に不作為(不真正)による殺人罪が成立するかが問題となりました。
*不真正不作為犯についての説明はこちら
*殺人罪の説明はこちら
不真正不作為犯の成立が認められるためには、①作為義務②作為可能性・容易性が必要とされています。②について最高裁は何も述べていませんが、本件において被告人は、電話などで医師を呼ぶなどし、被害者に治療を受けさせることが可能だったので、これを肯定することができます。
①について最高裁は、被告人がAを連れ出させたこと(先行行為)、親族から手当てを全面的にゆだねられていたこと(保護の引受け)から、作為義務(必要な治療を受けさせる義務)を負っていたとします。被告人は、この作為義務に違反してAを死亡させています。また、被告人にはA死亡について未必の故意があったので、殺人罪についての故意があります(これがなかった場合、不作為による殺人罪は成立しません)。
したがって、被告人に殺人罪が成立します。
*なお、共犯関係については別途解説予定です。
「以上の事実関係によれば、被告人は、自己の責めに帰すべき事由により患者の生命に具体的な危険を生じさせた上、患者が運び込まれたホテルにおいて、被告人を信奉する患者の親族から、重篤な患者に対する手当てを全面的にゆだねられた立場にあったものと認められる。その際、被告人は、患者の重篤な状態を認識し、これを自らが救命できるとする根拠はなかったのであるから、直ちに患者の生命を維持するために必要な医療措置を受けさせる義務を負っていたものというべきである。それにもかかわらず、未必的な殺意をもって、上記医療措置を受けさせないまま放置して患者を死亡させた被告人には、不作為による殺人罪が成立し、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯となると解するのが相当である。」