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【判例解説】抽象的事実の錯誤(総論):最高裁昭和61年6月9日第一小法廷決定 

Last Updated on 2021年2月11日

 

Point 
1.覚せい剤所持罪と麻薬所持罪は、実質的に見れば、後者の限度で重なり合っている。 

 

1.事案の概要 

 

 被告人は、覚せい剤を不法に所持していました。しかし、被告人はこれを麻薬(コカイン)と認識していました。当時、覚せい剤所持の罰則は10年以下の懲役、麻薬の所持は7年以下の懲役でした。 

 

(関連条文) 

・刑法38条2項 「重い罪に当たるべき行為をしたのに、行為の時にその重い罪に当たることとなる事実を知らなかった者は、その重い罪によって処断することはできない。  

 

 

【争点】   

・Xにいかなる犯罪が成立するか 

 

 

2.判旨と解説 

 

 被告人は、覚せい剤を所持しています。しかし、被告人はこれを麻薬だと認識して所持していました(抽象的事実の錯誤)。この場合、被告人にいかなる犯罪が成立するでしょうか。 

 

*抽象的事実の錯誤についての解説はこちら 

*具体的事実の錯誤についての解説はこちら 

 

 まず、刑法38条2項により、覚せい剤所持罪で被告人を処断することはできません。 

 

 それでは、被告人に麻薬所持罪が成立するでしょうか。 

 

 抽象的事実の錯誤がある場合には、構成要件間に実質的な重なり合いがある限度で犯罪が成立します(通説・判例。法定的符合説)。 

 

ここでは、覚せい剤所持罪の構成要件と麻薬所持罪の構成要件が実質的に重なり合っているかが問題となります。 

  

 最高裁は、両罪は麻薬か覚醒剤かの差異があり、法定刑が異なるだけで、その他の構成要件要素は同一であるので、麻薬所持罪の限度で両者は符合するとし、被告人に麻薬所持罪の成立を認めました。 

 

本件において、被告人は、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する粉末を麻薬であるコカインと誤認して所持したというのであるから、麻薬取締法六六条一項、二八条一項の麻薬所持罪を犯す意思で、覚せい剤取締法四一条の二第一項一号、一四条一項の覚せい剤所持罪に当たる事実を実現したことになるが、両罪は、その目的物が麻薬か覚せい剤かの差異があり、後者につき前者に比し重い刑が定められているだけで、その余の犯罪構成要件要素は同一であるところ、麻薬と覚せい剤との類似性にかんがみると、この場合、両罪の構成要件は、軽い前者の罪の限度において、実質的に重なり合っているものと解するのが相当である。被告人には、所持にかかる薬物が覚せい剤であるという重い罪となるべき事実の認識がないから、覚せい剤所持罪の故意を欠くものとして同罪の成立は認められないが、両罪の構成要件が実質的に重なり合う限度で軽い麻薬所持罪の故意が成立し同罪が成立するものと解すべきである(最高裁昭和五二年(あ)第八三六号同五四年三月二七日第一小法廷決定・刑集三三巻二号一四〇頁参照)。 

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