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1.廃棄するだけで外に何らかの用途に利用、処分する意思がなかった場合には、不法領得の意思を認めることはできない |
1.事案の概要
被告人は、支払督促制度を悪用して叔父の財産を不正に差し押さえ、強制執行することなどにより金員を得ようと考え、以下の計画を立てました。
*なお、支払督促とは,債権者の主張を形式的に審査して裁判所書記官が支払督促正本を作成し、郵便配達員がこれを債務者に送達した時に支払督促の効力が生じ、送達後一定期間内に債務者から異議の申立てがなければ、債権者の申し立てにより債務者の財産に対する執行力が付与される制度をいいます。
①被告人が叔父に対して6000万円を超える債権を有する旨内容虚偽の支払督促を申し立てる
②裁判所から債務者とされた叔父あてに発送される支払督促正本等について、共犯者が叔父を装って郵便配達員から受け取る
③叔父に督促異議申立ての機会を与えることなく支払督促の効力を確定させる
そこで、共犯者において、あらかじめ被告人から連絡を受けた日時ころに、支払督促正本等の送達に赴いた郵便配達員に対して,自ら叔父の氏名を名乗り出て、共犯者を受送達者本人であると誤信した郵便配達員から支払督促正本等を受け取りました。
なお,被告人は,当初から叔父あての支払督促正本等を何らかの用途に利用するつもりはなく速やかに廃棄する意図であり、現に共犯者から当日中に受け取った支払督促正本はすぐに廃棄しています。
(関連条文)
・刑法246条1項 「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する。」
【争点】
・被告人に不法領得の意思が認められるか
2.判旨と解説
判例・通説は、財産犯の成立に不法領得の意思を要求しています。不法領得の意思とは「権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思」(最高裁昭和26年7月13日第二小法廷判決)をいいます。
*窃盗罪の解説はこちら
*引用判例についてはこちら
もっとも、本件で被告人らは、支払督促正本を詐取していますが、これを廃棄するつもりであり、何ら他の用途に利用する意図はありませんでした。そこで、被告人に不法領得の意思(利用意思)が認められるかが問題となります。
校長を失脚させるために、隠匿の意思で教育勅語を持ち出した事案で、不法領得の意思が欠けるとした古い判例があります(大判大正4年5月21日刑録21輯663頁)。不法領得の意思の内容を、財物それ自体の利用利益を得る意思ではなく、それ以外の何らかの利益を得る意思で足りると解した場合、窃盗罪の成立範囲が広がりすぎてしまうことへの配慮からでしょう。というのも、何らかの利益を得る意思で足りると解した場合、占有を移転した事例のほぼ全てに窃盗罪が成立してしまうため、器物損壊罪が成立するのは、対象物に物を投げて壊した場合など例外的なケースに留まることとなってしまうためです。領得罪と毀棄罪の法定刑の違いを説明するには、利用意思の内容をある程度限定的に解する必要があります。
本件で最高裁は、廃棄するだけで他に何らかの用途に利用・処分する意思がなかった場合には、不法領得の意思を肯定できず、これが財産的利益を得るための手段の1つとして行った場合でも異ならないと判示しました。
「このように,郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について,廃棄するだけで外に何らかの用途に利用,処分する意思がなかった場合には,支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり,このことは,郵便配達員からの受領行為を財産的利得を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である。そうすると,被告人に不法領得の意思が認められるとして詐欺罪の成立を認めた原判決は,法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。」