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【判例解説】伝聞供述の証拠能力(証拠):大阪地判平成23年9月28日 

Last Updated on 2022年9月8日

 

Point 
1.刑事訴訟法324条2項の準用する321条1項3号の要件を充足するとされた事案 

 

第1 生命保険契約の説明をしてほしいと言って生命保険会社の女性営業社員を自宅に来させた上,睡眠薬を飲ませて,その影響で抗拒不能の状態にさせて姦淫しようと考え,平成22年6月22日午後7時30分ころ,大阪府羽曳野市野々上〈番地略〉所在の自宅に,生命保険会社営業社員である甲野花子(当時50歳。以下,「被害者」という。)を来させて,睡眠導入剤であるサイレースを溶かしたコーヒー飲料を飲ませ,その影響で被害者を抗拒不能の状態にさせ,同日午後8時ころまでの間,その身体に抱き付き,ブラジャーのホックを外し,体のいろいろなところを触るなどした上,被害者を姦淫しようとしたが,被害者が逃げたため,その目的を遂げなかった。 

第2 そのころ,前記自宅において,被害者が持ってきたハンドバッグの中から,被害者が所有又は管理する現金約8万円及びクレジットカード等7点が入った財布1個(時価6万円相当)を窃取した。 

 

1.事案の概要 

 

 被告人は、被害者を準強姦(現行法では準強制性交等)しようと考え、生命保険契約をしてほしいといって、生命保険会社社員である被害者を自宅に呼び寄せました。平成22年六月22日午後7時30分頃、被害者が被告人の自宅に来たので、コーヒーに睡眠薬を入れて飲ませ、午後8時ころまでの間、その影響で抗拒不能となった被告人の体を触るなどしました。その後、被害者が逃げだしたので、被害者が持ってきたバックの中から現金等を盗んだとして、準強姦未遂罪、窃盗罪の容疑で起訴されました。 

 

 被害者は、保険の説明をし終わった午後8時ころから記憶が途切れていますが、その間、A,B,C,Dに、睡眠薬が入っていると思われるコーヒーを飲むよう強く勧められたので飲んだ旨を電話等で告げています。 

 

 公判でA,B,C,Dは、上記被害者の発言について証言しました。 

 

(関連条文) 

・刑法178条1項 「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、わいせつな行為をした者は、第百七十六条の例による。 

・同条2項 「人の心神喪失若しくは抗拒不能に乗じ、又は心神を喪失させ、若しくは抗拒不能にさせて、性交等をした者は、前条の例による。 

・刑法180条 「第176条から前条までの罪の未遂は、罰する。 

・刑法235条 「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、十年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。 

・刑事訴訟法320条1項 「第321条乃至第328条に規定する場合を除いては、公判期日における供述に代えて書面を証拠とし、又は公判期日外における他の者の供述を内容とする供述を証拠とすることはできない。 

・刑事訴訟法324条2項 「被告人以外の者の公判準備又は公判期日における供述で被告人以外の者の供述をその内容とするものについては、第321条第1項第3号の規定を準用する。 

・刑事訴訟法321条1項本文 「被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面で供述者の署名若しくは押印のあるものは、次に掲げる場合に限り、これを証拠とすることができる。 

3号 「2号に掲げる書面以外の書面については、供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明又は国外にいるため公判準備又は公判期日において供述することができず、かつ、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであるとき。ただし、その供述が特に信用すべき情況の下にされたものであるときに限る。 

 

【争点】  

・Aらの証言は刑事訴訟法321条3号(324条2項)の要件を充足するか 

 

2.判旨と解説 

 

 被告人は、準強姦罪等で起訴されました。裁判では、証人Aらが行った、犯行直後の被害者の発言についての証言の証拠能力が問題になりました。 

 

Aらの証言は、公判期日外の被害者の供述を内容とする証拠であって、その真実性を立証するためのものなので、伝聞証拠に該当します。そのため、321条以下の要件に該当しない限り、証拠とすることはできません。 

 

*伝聞証拠の解説はこちら 

*伝聞例外の解説はこちら 

 

 Aらは被告人ではありません。また、Aらが証言した、犯行直後の被害者の発言は、被告人以外の者の供述を内容とするものです。そのため、324条2項により、321条1項3号の要件を満たせば、証拠とすることができます。 

 

 321条1項3号の要件は、供述不能、その供述が犯罪事実の存否の証明に欠くことができないものであること、絶対的特信情況です。 

 

 被害者が飲まされたとされる睡眠薬には規則を無くす作用があるので、被害者の記憶がないとの証言は信用することができるので、供述不能に当たるとします。 

 

(1)被害者が供述不能であるといえるか 

 被害者は,本件当日である平成22年6月22日午後7時30分ころ,被告人宅で被告人に対し保険の説明をし,被告人から勧められたカップ1杯のコーヒーをほとんど飲んだが,保険の説明をし終わった同日午後8時ころからの記憶はとぎれ,その後,連続した記憶がよみがえってくるのは,病院に搬送され,そこで意識を取り戻した時以降であるなどと証言している。そして,同月23日午前零時30分ころに採取した被害者の尿から睡眠導入剤フルニトラゼパム(商品名:サイレース,エーザイ製等)の代謝物として知られている,7-アミノフルニトラゼパム,7-アセトアミドフルニトラゼパム及び3-ヒドロキシフルニトラゼパムが検出されたこと(甲7,8)からすると,同日午前零時30分より前に,被害者がサイレースを服用した事実を認めることができる。また,被害者は本件当日自分で睡眠薬を飲んだりはしておらず,会社を出てから被告人宅へ保険の説明に行くまでの間,どこにも立ち寄っておらず,被告人宅で出されたコーヒーを飲んだしばらく後からの記憶が欠けているなどと証言し,この点の信用性に疑問を生じさせるような証拠はないことからすると,被害者がサイレースを服用した機会は,同月22日午後7時30分から同日午後8時ころまでの間,被告人宅でコーヒーを飲んだときしか考えられない。証人Zは,サイレースを飲むと,前行性健忘,つまり,薬を飲んだ後の記憶をなくすことがある,経口投与時の効果発現は,約15分から20分後で,約1時間後に血中濃度が最高に達するなどと証言しており,この証言は精神科医としての知見,経験に基づいたものであって信用することができることからすると,同日午後8時ころからの記憶がとぎれているとの被害者証言は,Z証言と整合するので信用することができる。すると,被告人が判示第1の犯行を犯したか否かについて,被害者の記憶がとぎれている部分については供述不能といえる。 

 

 また、Aらの証言は、被害者の記憶がない間に起こったとされる準強姦の実行の着手や故意の有無に重要な意味を持つので、犯罪事実の証明に欠くことのできない証拠であるとします。 

 

(2)Aらの証言が犯罪事実の証明に欠くことができないか 

 そして,被害者の記憶がない間に何が起こったかは準強姦の実行の着手や故意の有無の判断について重要な意味を持ち,それを推認させる証拠,すなわち,当時,被害者から話を聞いた証人A,B,C及びDの証言から認められる被害者の供述内容は,犯罪事実の証明に欠くことができないものであるといえる。 

 

(3)絶対的特信情況があるか 

ア 被害者の供述がなされた際の情況等 

 まず,関係各証拠によれば,被害者はサイレースの薬理作用による睡眠中,訪問を予定していたAからの電話で起きて,その後,上司であるBに電話をし,Bからの連絡で駆け付けた警察官のCや救急隊員のDに対して,睡眠薬が入っていると思われるコーヒーを飲むよう強く勧められたので飲んだなどと話している事実が認められるのであって,犯罪とは無縁の社会人として活動している被害者にとって極めて衝撃的な事態に遭遇した興奮状態の下で,うそや誇張を言おうなどと考える間もなく,いわば衝動的に述べたものと認められる。 

イ Aらが被害者の供述を聞いた際の情況等 

 Aは,約束していた時間を過ぎても被害者から何の連絡もないことから,同日午後9時30分ころに電話したところ,長いことコールが鳴ったり,何回か電話が切れたりかけ直したりしているうちに,被害者から「無理やりコーヒーを飲まされた。コーヒーの中に睡眠薬が入っていたんじゃないか。」などと言われたと証言する。Bは,同日午後10時すぎころ,それまで酒に酔って電話をかけてくるようなことは一度もなかった被害者から,Bの携帯電話に電話がかかってきて,「もしもし部長」と言われたが,その「もしもし」は「もひもひ」というような,酒にひどく酔っぱらったような言い方であり,「お客さんのところへ訪問したら,睡眠薬の入ったと思うコーヒーを飲まされた。襲われそうになったので逃げてきた。」などと言われたと証言する。Cは,本部からの指令,通報を受けて,同日午後10時40分ころ被害者のもとに駆け付けたところ,「最初にコーヒーを出されて,そのコーヒーを飲んだ直後から,意識がもうろうとなってきた。コーヒーを飲み干した後に,カップの底に,粉様のものが付着していた。その意識がもうろうとなっている間に,男に抱き付かれた,また体のいろんなところを触られた。怖くなって,訪問先前に止めてあった車で逃げてきた。ぐるぐる回った末,2時間ほど眠ってしまった。お客さんのほうからの電話で起きて,その後,上司に事の次第を説明して,上司に110番してもらうように依頼した。」などと言われたと証言する。Dは,警察署からの通報を受けて同日午後10時55分ころ,被害者のところに駆け付けたところ,「お客さんの家に呼ばれ,コーヒーを飲むよう強く勧められて,飲んだところ,変な味がした。底に白い粉のようなものが残っていた。玄関で抱き付かれたので逃げた。」などと言われたと証言する。これらの証言は,いずれも,女性が睡眠薬入りのコーヒーを飲まされて性的乱暴を受けそうになったという事実,あるいはそれをうかがわせる事実を内容とするものであって,犯罪とは無縁の社会人であるA,B及びDにとって,鮮明に記憶に残る内容であるといえる。Aらは,いずれも被害者がサイレースを服用したと考えられる同日午後7時30分から同日午後8時ころまでの間から3時間以内という,被害者の記憶が比較的鮮明であると思われる時間に,それぞれ別個独立に被害者から話を聞いたものであることも併せ考えるならば,Aらが被害者の供述を聞いた情況は十分信用できるものであったといえる。また,Cは警察官であるから,Aらに比べると犯罪に対する衝撃度は小さいかもしれないが,同日午後10時40分ころ,被害者が大阪府警察本部地域部通信指令室と通話しているところに近付いて被害者から話を聞いたという点で,客観的な証拠である通話内容(甲20,29)と符合する上,その時点での被害者の記憶が比較的鮮明であったと思われることはAらと変わるものではない。Cは本部からの指令,通報を受けたものであって,犯罪の成否を意識しながら被害者から事情聴取していることも併せ考えるならば,Cが被害者の供述を聞いた情況についても信用することができる。 

ウ 被害者の原供述の信用性 

 被害者は,いずれも被害者がサイレースを服用したと考えられる同日午後7時30分から同日午後8時ころまでの間から3時間以内という,被害者の記憶が比較的鮮明であると思われる時間に,それぞれ別個独立にAらに話をしたものであり,しかもその内容は,上述のとおり,相互に符合している上,抱き付かれたことは身体の接触を伴い記憶に残りやすいことからすると,その信用性は極めて高いといえる。 

エ 弁護人の主張 

 この点について,弁護人は,被害者はサイレースにより意識がもうろうとした状態にあり,幻覚や妄想が生じていた可能性もあると主張する。しかし,Zは,サイレースにより幻覚や妄想が起こるのは,薬を継続的かつ多量に服用していた者が急に服用をやめた場合や,非常に高齢であったり,非常に体力的に疲弊したりしている者がもうろう状態になった場合が考えられるものの,後者の可能性はものすごく少ないがありうるという程度のものであり,Z自身はサイレースにより幻覚,妄想が起こった例を経験していないと証言しており,この証言についても精神科医としての知見,経験に基づくものであるから信用することができる。すると,サイレースの薬理作用により被害者に幻覚,妄想が起こる可能性は極めて低く,本件では妄想等が起こりうるケースに当たらないと考えられる。よって,弁護人の主張を採用することはできない。 

オ 結論 

 したがって,A,B,C及びDが,本件当日被害者から聞いた,被害者の記憶が欠けている間に起きたことに関する証言は,当時被害者の置かれていた状況やその供述動機等の諸状況を基盤とし,供述内容をも考慮するならば,刑訴法324条2項によって準用される同法321条1項3号の要件に該当する供述として証拠能力を有するものと認められる。 

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