刑事訴訟法320条1項は、伝聞法則を定めた規定とされています。
この規定によると、刑訴法321条以下の規定(伝聞例外)に該当する場合を除き、以下の証拠を公判で使用することはできません。
①公判期日での供述に代えて、書面を証拠とすること
②公判期日外の他の者の供述を内容とする供述を証拠とすること
伝聞法則の趣旨は、誤判防止です。条文を見れば分かるように、伝聞法則が適用されるのは供述証拠です。供述証拠は、これを発言した者に真偽を訪ね、これを確認しなければならないと考えられています。以下で具体例を用いて説明します。
*証拠についての解説はこちら
例えば、Xが殺人の被疑事実で逮捕・起訴されたとします。そこで、検察官はAの検面調書の証拠調べを請求しました。この調書には「Xが被害者をナイフで刺すのを見た」旨の記載がされていました。
人が何らかの供述をする場合、知覚→記憶→表現のプロセスをたどります。しかし、このプロセスには誤謬が生じる可能性があります。Aが見たのはXではなくYかもしれない、Xが被害者に本を渡していただけであったかもしれない、調書に記載されている発現はニュアンスが異なるかもしれない、AはXを陥れるために嘘をついたのかもしれない。このプロセスに誤謬があっては公正な裁判を実現できません。そのため、供述者に尋問をして供述の正確性をチェックする必要があります。このチェックを実効的なものとするために、証人に宣誓義務を課したり、裁判官が供述者の態度を観察したり、当事者が反対尋問をしたりするのです。
・刑事訴訟法154条 「証人には、この法律に特別の定のある場合を除いて、宣誓をさせなければならない。」
・刑法169条「法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3か月以上10年以下の懲役に処する。」
・憲法37条2項 「刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。」
上記説例の場合、調書の内容が真実であれば、Xが被害者をナイフで刺したことが立証できます。もっとも、この内容が真実であるか否かをチェックするにはAを尋問する必要があります。そのため、Aを公判で尋問することなしに、上記検面調書を証拠とすることはできません(①に該当)。
上記説例を少し変えて、Aが公判において「Bが、Xが被害者をナイフで刺すのを見たと言っていた」と発言したとします。
この場合、Bが実際に上記発言をしたか否かをチェックするには、これを聞いたとするAを尋問すれば足ります(非伝聞)。実際に発言を聞いていたのはAなので、この発言が実際に存在したか否かはAを尋問すればわかるからです。
*非伝聞についての解説はこちら
他方、Xが被害者をナイフで刺したか否かをチェックするには、Aを尋問しても明らかになりません。目撃者であるBを尋問する必要があります。そのため、この場合のAの供述を証拠とすることはできません(②に該当)
このように、伝聞証拠は証拠とすることができないのが原則です。供述証拠は伝聞証拠に当たる場合が多いのですが、供述証拠であってもこれが伝聞証拠にあたらないとされる場合(非伝聞)、伝聞証拠ではあるが伝聞例外に該当する場合には証拠として使用することが許容されます。