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【判例解説】やむを得ずにした行為(刑法総論):最判平成元年11月13日

Last Updated on 2023年4月21日

 

Point 
1.武器を用いて防衛行為を行った被告人に正当防衛の成立を認めた 

 

1.事案の概要 

 

被告人は、運転してき自動車を空地前の道路に駐車して商談のため近くの薬局に赴きましまもなくダンプカーを運転して同所に来たA(当時39歳)が、車を空地に入れようとしたところ、被告人の車が邪魔になり、数回警笛を吹鳴したので、被告人は薬局を出て車を数メートル前方に移動させました。ころが、それでも思うように自車を空地に入れることができなかったAが、車内から薬局内の被告人に対し「邪魔になるから、どかんか。」などと怒号したので、被告人は再び薬局を出て車を空地内に移動させまし 

 

被告人は、Aの粗暴な言動が腹に据えかねたため、同人に対し「言葉遣いに気をつけろ。」と言ったところ、Aは、空地内に自車を駐車して降車して来たのち被告人に対し、「お前、殴られたいのか。」と言って手挙を前に突き出し、足を蹴り上げる動作をしながら近づいて来ました。そのため、被告人は、年齢も若く体格にも優れたAから本当に殴られるかも知れないと思って恐くなり、空地に停めていた被告人車の方へ後ずさりしました。すると、Aがさらに目前まで追ってくるので、走って逃げようとしましたが、ふと被告人車内に果物の皮むきなどに用いている菜切包丁を置いていることを思い出しました。そこで、これでAを脅してその接近を防ぎ、同人からの危害を免れようと考え、刃体の長さ約177センチメートルの菜切包丁を取り出し、右手で腰のあたりに構えたうえ、約3メートル離れて対峙しているAに対し「殴れるのなら殴ってみい。」と言いました。これに動じないで「刺すんやったら刺してみい。」と言いながら二、三歩近づいてきたAに対し、被告人は「切られたいんか。」と申し向けました。 

 

(関連条文)  

・刑法36条1項 「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。 

・同条2項 「防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。 

 

【争点】 

・被告人の行為は、やむを得ずにした行為と言えるか 

 



2.判旨と解説 

 

 本件では、被告人が菜切包丁を用いて行った行為は、やむを得ずにした行為と言えるか、つまり、防衛行為として相当性を有するかが問題となりました。相当性が否定された場合、被告人の行為は過剰防衛となります。なお前提として、本件では、急迫不正の侵害の存在、防衛の意思の存在は認められています。 

 

*正当防衛の説明はこちら 

*過剰防衛の説明はこちら 

*急迫不正の侵害について判断した判例はこちら

*防衛の意思について判断した判例はこちら

 

 防衛行為の相当性が、認められるか否かは、防衛行為者の年齢・体格・防衛行為の性質、加害行為者の年齢・体格・加害行為の性質等諸般の事情を考慮して判断されます。 

 

 本件で最高裁は、以下の事情を指摘し、被告人の行為はやむを得ずにした行為であるとして、正当防衛の成立を認めました。 

 

Aは、被告人よりも年齢が若く体力に優れていた 

その被告人から手拳を前に突き出す、足蹴りの動作をされ、身体の危険が生じていた 

③被告人は、菜切包丁を使用したが、Aを切りつける等攻撃的なものではなく、腰に構えて相手を言葉により威嚇するものであり、防御的な行動に終始していた 

 

↓以下原文

・・・被告人がAに対し本件菜切包丁を示した行為は、今にも身体に対し危害を加えようとする言動をもって被告人の目前に迫ってきたAからの急迫不正の侵害に対し、自己の身体を防衛する意思に出たものとみるのが相当であり、この点の原判断は正当である。しかし、原判決が、素手で殴打しあるいは足蹴りの動作を示していたにすぎないAに対し、被告人が殺傷能力のある菜切包丁を構えて脅迫したのは、防衛手段としての相当性の範囲を逸脱したものであると判断したのは、刑法三六条一項の「巳ムコトヲ得サルニ出テタル行為」の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。すなわち、右の認定事実によれば、被告人は、年齢も若く体力にも優れたAから、「お前、殴られたいのか。」と言って手拳を前に突き出し、足を蹴り上げる動作を示されながら近づかれ、さらに後ずさりするのを追いかけられて目前に迫られたため、その接近を防ぎ、同人からの危害を免れるため、やむなく本件菜切包丁を手に取ったうえ腰のあたりに構え、「切られたいんか。」などと言ったというものであって、Aからの危害を避けるための防御的な行動に終始していたものであるから、その行為をもって防衛手段としての相当性の範囲を超えたものということはできない。そうすると、被告人の第一の所為は刑法三六条一項の正当防衛として違法性が阻却されるから、暴力行為等処罰に関する法律一条違反の罪の成立を認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 

 

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