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1.訴因変更をせずに異なる過失態様の事実を認定したことが違法とされた事例 |
1.事案の概要
被告人は業務上過失致傷罪で起訴されました。起訴状の公訴事実には、「一時停止中前車の先行車の発進するのを見て自車も発進しよう」としたのに「前車の前の車両が発進したのを見て自車を発進させるべくアクセルとクラツチベダルを踏んだ際当時雨天で濡れた靴をよく拭かずに履いていたため足を滑らせてクラツチベダルから左足を踏みはずした過失により自車を暴進させ未だ停止中の前車後部に自車を追突させ」たとされていました。
第1審は、起訴状に記載された事実と異なり、「自車の前に数台の自動車が一列になって一時停止して前方交差点の信号が進行になるのを待っていた」が、「ブレーキをかけるのを遅れた過失により自車をその直前に一時停止中」の自動車に追突させた事実を認定し、被告人を有罪としました。
(関連条文)
・刑事訴訟法256条1項 「公訴の提起は、起訴状を提出してこれをしなければならない。」
・同条2項 「起訴状には、左の事項を記載しなければならない。」
1号 「被告人の氏名その他被告人を特定するに足りる事項」
2号 「公訴事実」
3号 「罪名」
・同条3項 「公訴事実は、訴因を明示してこれを記載しなければならない。訴因を明示するには、できる限り日時、場所及び方法を以て罪となるべき事実を特定してこれをしなければならない。」
・刑事訴訟法312条1項 「裁判所は、検察官の請求があるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、起訴状に記載された訴因又は罰条の追加、撤回又は変更を許さなければならない。」
【争点】
・訴因変更をせずに異なる過失態様を認定した第1審は適法か
2.判旨と解説
本件で起訴状に記載された公訴事実は、被告人は一時停止の状態からクラッチペダルを踏み外した過失により、前の車に追突させたというものです。他方、裁判所が認定した事実は、走行中の被告人がブレーキをかけ遅れた過失により、前の車に追突させたというものです。そこで裁判所は、訴因変更を経ずに上記事実を認定できるかが問題になります。
*過失の解説はこちら
*訴因変更の要否についての詳しい説明はこちら
業務上過失致死傷罪が成立するには「過失」が要求されます。しかし、起訴状に記載された事実も裁判所が認定した事実も、被告人の「過失」であることに変わりありません。ようは、過失の態様が異なるにすぎません。
とはいっても、一時停止の状態からクラッチペダルを踏み外した過失と、進行中にブレーキを踏む遅れた過失では、態様が大きく異なります。ここまで過失の態様が異なる事実を、訴因変更せずに認定することは、被告人に不意打ちをくらわすことになります。
そこで最高裁は、起訴状の記載と認定事実は、明らかに過失の態様を異にしており、この場合、被告人に防禦の機会を与えるため訴因の変更手続を要するとしました。
「しかしながら、前述のように、本件起訴状に訴因として明示された被告人の過失は、濡れた靴をよく拭かずに履いていたため、一時停止の状態から発進するにあたりアクセルとクラツチペダルを踏んだ際足を滑らせてクラツチペダルから左足を踏みはずした過失であるとされているのに対し、第一審判決に判示された被告人の過失は、交差点前で一時停止中の他車の後に進行接近する際ブレーキをかけるのを遅れた過失であるとされているのであつて、両者は明らかに過失の態様を異にしており、このように、起訴状に訴因として明示された態様の過失を認めず、それとは別の態様の過失を認定するには、被告人に防禦の機会を与えるため訴因の変更手続を要するものといわなければならない。」