日本の中央銀行は日本銀行です。そして、アメリカでは連邦準備制度理事会(Federal Reserve Board)が中央銀行の役割を果たしています。
日本が中央銀行を設立するに際して、憲法上の論争は生じませんでしたが、他方、アメリカではかつて中央銀行の設立について大論争がありました。というのも、日本の国会はほぼ全ての事項に関する立法権を有するのに対し、アメリカは州の権限が制度上非常に強く(国家の中に国家があるよう)、連邦議会の権限が限定的であるといったことに起因します。
この判例は、連邦議会に、憲法上明示されていない、中央銀行設立の権限を認めた判例です。また、以降重要な役割を果たす、the Necessary and Proper Clause(必要かつ適切条項)の解釈を行いました。更に、連邦と州の権限の関係についても重要な判示をしました。
ArticleⅠ
Section1.
All legislative Powers herein granted shall be vested in a Congress of the United States, which shall consist of a Senate and House of Representatives.
(日本語訳)
第1章[立法部]
第1条[連邦議会]
この憲法によって付与されるすべての立法権は、上院と下院で構成される合衆国連邦議会に属する。
AmendmentⅩ
The powers not delegated to the United States by the Constitution, nor prohibited by it to the States, are reserved to the States respectively, or to the people.
修正第10条 [州と国民に留保された権限][1791 年成立]
この憲法が合衆国に委任していない権限または州に対して禁止していない権限は、各々の州または国民に留保される。
日本国憲法41条
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。
1.事案の概要
1816年、連邦議会は第二国立銀行の設立を認可しました。1818年、メリーランド州は、州の領域にある第二国立銀行の支部に課税する立法を行いました。当銀行の支配人であったJames W. McCullochは、税金の納付を拒みました。裁判が始まり、メリーランド州は、アメリカ合衆国憲法は連邦議会に国立銀行を設立する権限を与えていないため、第二国立銀行の設立は憲法に反し無効であると主張しました(実際、アメリカ憲法の中に、連邦議会は銀行を設立する権限を有する旨の規定は明示的に存在しません)。
2.判旨と解説
論点は、①連邦議会に国立銀行を設立する権限があるか②メリーランド州が制定した法律は連邦議会の権限を侵害しているか、です。最高裁判所は、満場一致でこの問題にイエスと答えます。
法廷意見を書いたのはMarshall最高裁長官(マーベリー対マディソン事件等も参照)です。
まず、①について、連邦議会は憲法に明示的に記載されていない権限でも、これを有する場合があるとします。そして、以下のthe Necessary and Proper Clause(アメリカ憲法第1章8条18項)の解釈を行います。
ArticleⅠ
Section.8.
Clause 1: The Congress shall have Power To lay and collect Taxes, Duties, Imposts and Excises, to pay the Debts and provide for the common Defence and general Welfare of the United States; but all Duties, Imposts and Excises shall be uniform throughout the United States;
Clause 18: To make all Laws which shall be necessary and proper for carrying into Execution the foregoing Powers, and all other Powers vested by this Constitution in the Government of the United States, or in any Department or Officer thereof.
第1章[立法府]
(日本語訳)
第8条[連邦議会の立法権限]
第1項 連邦議会は、つぎの権限を有する。合衆国の債務を弁済し、共同の防衛および一般の福祉に備えるために、租税、関税、輸入税および消費税を賦課し、徴収する権限。但し、すべての関税、輸入税および消費税は、合衆国全土で均一でなければならない。
~
第18 項 上記の権限およびこの憲法により合衆国政府またはその部門もしくは官吏に付与された他のすべての権限を行使するために、必要かつ適切なすべての法律を制定する権限。
法廷意見は、ここでいうnecessaryを、憲法に列挙された権限を行使するのに必要、適切、又は役立つことといった広い意味で解します(絶対的に不可欠までは要求しない)。連邦銀行の設立は、連邦議会の財政活動の遂行に必要かつ適切であるので、連邦議会はこの権限を有するとします。
次に、②について、憲法、連邦法は上位の法なので、メリーランド州法により第二国立銀行に課税することは、連邦の権限を破壊することとなるので許されないとしました。
結論として、メリーランド州の当該法律は違憲であると宣言しました。
3.補足
1832年、第七代アメリカ合衆国大統領であるAndrew Jacksonは、第二国立銀行の特許更新に対して拒否権を発動しました(国立銀行には存続期間の定めがありました)。そのため、国立銀行はその役目を終えました。