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1.被告人に対する有形力の行使は適法か
2.1の後に行われた採尿手続は適法か 3.2により獲得した尿の鑑定書は証拠として使用できるか |
1.事案の概要
被告人は、平成27年3月下旬から4月13日までの間に、覚せい剤を摂取したとして起訴されました。原審は、被告人の尿の鑑定書を証拠として採用し、被告人に有罪判決を出しました。
本件では、被告人の採尿手続が行われていますが、そこまでの流れは以下のものでした。
①警察官AとBは平成27年4月13日午後6時ころ、駅構内をパトロールしていると、頬がこけて顔色も悪い被告人を発見した。
②そこで被告人に職務質問をしたが、被告人はこれを断り歩いてきた方向に反転しようとした。
③Aは被告人に対し、持ち物を確認させてほしいというと、被告人は「持ち物だけだぞ」といってこれに応じ、バッグの口を開けた。
④中を確認すると、金属製のパイプや、そこが焦げたガラスの小瓶が入っていた。
⑤バッグ内のチャック部分も膨らんでいるためこれを見せてくれるよう求めると、被告人がこれに応じたためチャックを開けると、中に秤が入っていた。
⑥その後、被告人は、バッグを引き寄せ歩いてきた方向に戻ろうとしたのでAは後ろから被告人の肩を手で掴み引き留めたが、被告人は振り払って進もうとした
⑦そこでAは、前に回り込んで被告人の胸に手を当て引き留めようとしたが、被告人は「動画を撮ってやる」といって携帯電話を向け始めた。Aが携帯電話機に手をかざして遮ろうとしたが、被告人は携帯電話を向け続けた
⑧その後、突然、被告人は身体を反転させ、後ろにある約1.3mのフェンスを乗り越えようとした
⑨そこで、Aは被告人の肩を手で押さえBも被告人の肩あるいは腕付近を持った。
⑩しかし、被告人を抑えきれなくなったので、Aは被告人の首に手をまわして引き寄せ被告人を倒そうとし、その結果、被告人の腕がフェンスから外れ3人とも道路上に倒れ込んだ。
⑪Aは被告人が立ち上がろうとしたので、被告人の背中に覆いかぶさるようにして乗り、Bも被告人の身体を抑えた。
⑫Aは被告人に暴れないよう言い、被告人も「痛い、痛い、もう暴れないからどいてくれ」などといったので覆いかぶさるのをやめた。これは1.2分程度であった。
⑬その間Bは応援の警察官を数名呼んだ。Aはふたたび被告人に所持品検査を求め、なげやりであったものの被告人はこれに応じた。
⑭そこで、付近に散乱していたバッグの在中品を集めバッグ内を確認した。
⑮さらに被告人のズボンのポケットが膨らんでいたので確認させてほしいといったところ、被告人はズボンをまさぐり入っていた封筒をAに見せた。
⑯封筒はカラであったが、不審に感じたAがポケットを自ら確認していいか尋ねると被告人がこれに応じたので、確認すると、黒い焦げのあるガラスパイプがあった。
⑰Aは被告人に覚せい剤使用の疑いを認め、被告人に尿の提出を求めるとこれに応じたので付近の交番まで同行し、同日午後6時37分ごろ交番に到着した。
⑱しかし被告人は実際に排尿をしないので、説得を続けつつ強制採尿令状の発付を請求することとした。すると、被告人に覚せい剤使用の前歴があることが判明した。
⑲被告人は携帯で電話したり警察官と談笑したりして、交番にとどまっていたが採尿はしなかった。
⑳同日午後9時7分ごろ発布された強制採尿令状を呈示したところ、被告人は自分で出すと述べ採尿に応じた。
㉑尿から覚せい剤が検出されたため、翌14日午前2時14分ごろ通常逮捕された。
(関連条文)
・警察官職務執行法2条1項 「警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知っていると認められる者を停止させて質問することができる。」
・同法2条3項 「前2項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。」
【争点】
・被告人対する停止行為は違法か
・その後に行われた任意同行、採尿手続は違法か
・尿の鑑定書は違法集証拠排除法則により排除されるか
2.判旨と解説
被告人は、採尿の前に行われた職務質問、所持品検査の過程には違法があり、その影響を受けて採取された尿についての鑑定書は証拠排除されるべきと主張しました。
*職務質問と所持品検査の解説はこちら
高裁は、まず職務質問をすることが適法か検討します。この点、被告人は少しふらふらしており頬もこけ、顔色が悪いという特徴があり、これは覚せい剤等の薬物使用者に見られる特徴と一致しているので、犯罪を犯したと疑うに足りる相当な理由がある者に該当するので、職務質問を行ったことは適法であったとします。
「少しふらふらとした感じで,頬がこけ,顔色が悪いという被告人の外見や挙動は,覚せい剤等の薬物使用者に見られる特徴と一致しているから,A警察官やB警察官が職務質問を開始した時点で,その要件を満たしていたというべきである。」
職務質問の際に、相手を停止させるためにする有形力の行使は、具体的状況のもとで相当と認められる範囲で許容されます。原審は、A警察官らの行為(上記⑨~⑫)はこの要件を充足するもので適法であったとしました。
しかし、高裁は、警察官らの行為は、被害者の意思を制圧してその身体を拘束したものといえるので、停止行為として相当と認められる範囲を超えたものであったとします。
「しかし,職務質問のための停止行為として有形力を行使することが許されるのは,職務質問の必要性,緊急性などを考慮し,具体的状況のもとで相当と認められる範囲のものに限られるのであり,停止行為が任意手段であることを考慮すると,強制捜査手続によらなければ許されないような強制手段にわたるものは許されないというべきである。本件では,A警察官らは,前記のとおり,それ以上の職務質問,所持品検査を拒んで逃走しようとした被告人に対し,その首に腕を回して逃走を防止した上,被告人をフェンスから引きはがして通路上に引き倒し,うつ伏せになった被告人の背中に乗って,被告人に暴れないことを約束させるまで,そのまま,一,二分程度,押さえ続けている。この有形力の行使は,被告人の意思を制圧して,その身体を短時間ではあるが拘束したものということができ,停止行為として許容される限度を超えた強制手段に当たるというべきである。薬物事犯の嫌疑が濃厚で,職務質問や所持品検査を継続する必要性,緊急性が高く,被告人が職務質問や所持品検査を拒否し逃走しようとしていたとしても,逮捕の要件を備えていない本件の下においては,被告人の首に腕を回し,通路上に引き倒して取り押さえるような行為は,許されないものというほかない。」
そうすると、被告人に対する停止行為は違法であったことになります。もっとも、停止行為が違法であったとしても、その後(⑫以降)に行われた所持品検査、交番への任意同行、採尿手続が直ちに違法となるわけではありません。
この点、高裁は、以下の事情を指摘し、停止行為は被告人に対する薬物事犯の捜査という同一目的に向けられたもので、採尿手続は、違法な手続によりもたらされた状態を直接利用しこれに引き続いて行われたものといえるから、任意同行、採尿手続も違法なものとなるとしました。
①停止行為によって被告人を阻止し、その状態を利用して所持品検査、任意同行、強制採尿令状の発付の請求をしている
②尿の任意提出は、上記強制採尿令状の呈示をうけ行われている
③強制採尿令状の疎明資料として、違法な所持品検査で発見された焦げのあるパイプガラスの存在を明らかにする資料も令状発付の際の判断資料となったことが推認される
④強制採尿令状がなければ被告人は任意採尿に応じなかったと考えられる
*強制採尿の適法性について判示した判例はこちら
「そして,警察官らは,違法な停止行為によって被告人の逃走を阻止し,その状態を利用して所持品検査を行い,交番まで被告人を任意同行した上,強制採尿令状発付の請求をしている。被告人は,任意同行後も,尿の任意提出をしなかったが,強制採尿令状の呈示を受けて,ようやく任意採尿に応じている。強制採尿令状発付の請求に当たっては,違法な停止行為直後の所持品検査で発見された,焦げのあるガラスパイプの存在を明らかにする資料も,令状発付の際の判断材料となったものと推認される上,被告人も強制採尿令状がなければ任意採尿に応じなかったものと考えられる。そうすると,被告人に対する職務質問,所持品検査,任意同行と採尿手続は,被告人に対する薬物事犯の捜査という同一目的に向けられたもので,採尿手続は,違法な手続によりもたらされた状態を直接利用し,これに引き続いて行われたものといえるから,違法性を承継するというべきである。」
以上より、採尿手続は違法であったことになります。もっとも、そのことから直ちに尿についての鑑定書が違法収集証拠として排除されるわけではありません。
・違法収集証拠排除法則についての解説はこちら
高裁は、以下の事情を指摘し、採尿手続の違法は重大とはいえず、これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから、尿の鑑定書は証拠能力を有するとしました。
①被告人がフェンスを乗り越えようとした時点では、所持品検査の結果等から被告人の薬物事犯の嫌疑は高くなっており、職務質問や所持品検査をする必要性・緊急性があった
②被告人を引き倒し取り押さえたのは、被告に院が突然フェンスを越え地下鉄改札内に逃走しようとしたのを押さえきれなくなったためである
③被告人を取り押さえていたのは1~2分と短い時間であった
④その後の手続において警察官ら言動に強制的なものはない
⑤これらを踏まえると、警察官らの停止行為はとっさの行為ゆえ行き過ぎたものとなってしまったのであり、令状主義に関する諸規定を潜脱する意図はなかったと認められる
⑥停止行為の前の所持品検査で金属製のパイプ、そこの焦げたガラスの小瓶、秤を発見しており、また、強制採尿令状発付請求前に被告人の覚せい剤事犯の前歴を把握しており、これら違法な停止行為と関連のない事実で強制採尿令状発付の要件の疎明は可能であった→違法な先行手続が採尿手続きに及ぼした影響は大きくない
「被告人がフェンスを乗り越えようとした時点では,所持品検査の結果などから,被告人に対する覚せい剤使用等の薬物事犯についての嫌疑はかなり高くなっていた上,職務質問や所持品検査を継続する必要性,緊急性も認められた。そして,A警察官らは,被告人が突然フェンスを乗り越えて地下鉄の改札口内に逃走しようとしたため,当初は,被告人の上半身を手で押さえるなどしたが,押さえきれなくなったため,被告人を引き倒し,取り押さえたものである。被告人を取り押さえていた時間も短い。その後の所持品検査や任意同行等におけるA警察官らの言動にも,強制的なものは特にない。これらによれば,この停止行為は,とっさの行動が行き過ぎた面が大きく,A警察官らに令状主義に関する諸規定を潜脱する意図はなかったと認められる。そうすると,A警察官らの停止行為は,被告人の身体の自由を侵害するものではあるが,その違法の程度は令状主義の精神を没却する重大なものとはいえない。また,前記のとおり,被告人には,職務質問の開始時から,薬物使用者であることをうかがわせる外見的な特徴や挙動が見られた上,A警察官らは,違法な停止行為前の所持品検査で,被告人のバッグ内から金属製のパイプ,底の焦げたガラスの小瓶,はかりを発見している。その上,捜査機関は,強制採尿令状発付請求の準備中に,被告人に覚せい剤事犯の前歴があることも把握している。被告人が任意採尿に応じたのは,強制採尿令状が発付されたためと思われるが,こうした違法な停止行為と関連のない事実のみによっても,強制採尿令状発付の要件の疎明は可能であったと考えられる。そうすると,違法な先行手続が採尿手続に及ぼした影響は大きいとはいえない。以上によれば,本件の採尿手続の違法は重大とはいえず,これによって得られた証拠を被告人の罪証に供することが違法捜査抑制の見地から相当でないとは認められないから,本件鑑定書の証拠能力は肯定することができる。本件鑑定書を証拠として採用した原審の訴訟手続に違法は認められない。」