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1.現行犯逮捕が違法とされた。 |
1.事案の概要
被告人は、のぞき見の目的で被害者のアパートに侵入したとして現行犯逮捕・起訴されました。現行犯逮捕(以下、「本件現行犯逮捕」。)の流れは以下の通りです。
①被害者は、3階建てアパートの2階に居住していた。
②昭和56年8月4日午前1時40分ごろ、隣家の犬がほえるため、浴室から外の廊下を見て「どなた」と尋ねると、のぞきこむようにしていた犯人の顔が見え、「部屋を間違えたのかな」といって隣家の方に向かった。
③通報するか迷った末、5分後に警察に通報した。
④警察に、犯人の特徴として、頭髪が薄く、身長が160から165センチメートル、年齢35歳位である旨、白いワイシャツの襟を見た旨を告げた
⑤付近をパトロールしていた警察官AとBは、同日午前1時48分ごろ、本件について指令を受け、アパート付近をパトカーで走行していると、アパートから248メートル離れたところで被告人を見つけこれを追跡した。
⑥警察官Cは被害者のもとへ行き、犯人の特徴を聞きだし、内容をBに伝えた
⑦アパートから約500メートル離れた場所で、Bが被告人を呼び止め職務質問をしたが、被告人はアパートに言った事実を否認した
⑧その後任意同行を求め、アパートから約50メートル離れた場所まで連れ戻した
⑨Cは被害者を連れ被告人のもとへ行き、被害者に被告人の確認を求めたところ、被告人が犯人であることを肯定した
⑩同日午前2時ごろ、被告人を現行犯逮捕した
(関係法令)
・刑事訴訟法212条1項 「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする。」
・2項柱書 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
1号 犯人として追呼されているとき。
2号 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
3号 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
4号 誰何されて逃走しようとするとき。
【争点】
・被告人は現行犯人に当たるか
2.判旨と解説
有罪判決が出された第1審に対して、被告人は控訴しました。控訴の理由の1つとして、本件現行犯逮捕は違法で、違法な身体拘束中に得られた供述調書は排除されるべきと主張しました。
*逮捕の解説はこちら
*証拠排除法則についてはこちら
高裁は、以下のように被告人を現行犯人という事は出来ないとしました。
①逮捕をした警察官にとって確実であったのは、被害者の通報と近接した時間に、伝えられた犯人と同じ特徴を持つ被告人が250メートル離れたところを歩いていたというだけであった
②警察官らにとって、犯罪の存在や被告人が犯人であることについては、全て被害者の供述を頼っていたのであるから、犯行を現認したともこれと同一視できる明白性も存在しない
「右の事実によれば、本件逮捕の際警察官にとつて客観的に確実であつたことは、一一〇番による被害者甲女の届け出の時刻に近接した深夜の時期に、前記のように伝えられた犯人の人相着衣にほぼ一致する特徴をもつ被告人が被害者方から約二五〇メートル離れた所を歩いていたということだけであつて、本件犯罪の存在及びその犯人が被告人であるという特定については、すべて被害者の記憶に基づくいわゆる面通しを含む供述に頼つていたのであるから、犯行を現認したのと同一視できるような明白性は存在しなかつたといわなければならない。したがつて、逮捕当時の被告人を同条一項の現行犯人ということはできない。」
現行犯人という事は出来なくても、準現行犯人と言えるかの問題はなお残ります。この点、原審は準現行犯人ということができる(1号。犯人として追呼されているとき)としましたが、高裁は以下のように述べこれを否定しました。
①被害者は犯人を確認することも追跡することもしていないし、警察官と連行して追呼したとも見れない
②犯人の人物像が特徴的なものでない(原審の判旨に対する反論)
「しかし、被害者甲女は、犯人の顔を目撃後、玄関の扉を開けて犯人を確認することすらしておらず、全く犯人を追いかけていない。警察官が連れて来た被告人を犯人と認めたからといつて、これを「追呼」と解することはできない。また本件では、警察官が被害者と連繋して犯人を追呼したと見ることもできない。犯行現場と被告人との連続性が欠けているからである。原判決は、「犯行を目撃した被害者が、額のはげ上がつた身長一六〇ないし一六五センチメートルの白い半そでシャツを着た男という極めて特徴のある人物像を適確に把握し、警察に通報して犯人の逮捕を依頼し」たものと判示しているが、右の人物像が極めて特徴のあるものであるとは思われないし(なお、警察官Bは甲女から白い半そでシャツと聞いたと証言するが、同女は白ワイシャツと言ったと思われ、半そでシャツと言ったことは認められない。そでは見えなかったのである)、被害者がこれを適確に把握したということは、被告人が犯人であることを前提としなければ言えないことである。そうしてみると、被告人は犯人として追呼されていた者とはいえないし、逮捕当時警察官にとつて客観的な証跡等に基づく被告人が犯人であることの明白性は存在せず、誤認逮捕のおそれがないとはいえない状況であつたのであるから、被告人は準現行犯人にもあたらないというべきである。したがつて、本件逮捕は令状によらない違法は逮捕であるというほかはない。」