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1.前科証拠による事実認定は、一定の場合に許容される |
1.事案の概要
平成21年、被告人は、金をとろうと被害者方に侵入し、現金1000円、カップ麺1個を窃取し、被害者宅を放火したとして、窃盗、住居侵入、現住建造物等放火の罪で起訴されました。被告人は、現住建造物等放火の罪については、自分が行ったものではないとして、犯人性を否定しました。
なお、被告人には、以前平成3年4月から平成4年5月までの間に15件の窃盗を、同年3から6月までの間に11件の現住建造物等放火(未遂を含む。以下「前刑放火」という。)を行ったなどの罪により、懲役8月及び懲役15年に処せられた前科がありました。
検察官は、被告人は欲するような金品が得られなかったことに立腹して放火に及ぶという前刑放火と同様の動機に基づいて本件放火に及んだものであり,かつ,前刑放火と本件放火はいずれも特殊な手段方法でなされたものであると主張し、被告人の前科に関する証拠の取調べを請求しました。
第1審は、本件放火の事実を立証するための証拠として本件前科証拠は全て「関連性なし」として却下しました。そして、被告人が本件放火の犯人であると認定するにはなお合理的な疑問が残るとして、現住建造物等放火については無罪としました。
原判決は、本件放火との関連性がある部分を特定しないまま、その全てを却下した第1審裁判所の措置には,判決に影響を及ぼすことが明らかな訴訟手続の法令違反があるとして,第1審判決を破棄して、事件を東京地方裁判所に差し戻しました。
【争点】
・本件における前科証拠は証拠能力を有するか
2.判旨と解説
本件で検察官は、被告人の前科に関する証拠の取調べを請求しています。前科証拠を使用することが許されないとされた場合、裁判所は、被告人の前科証拠から心証を形成し、被告人が犯人であると認定することは許されません。
*証拠能力についての解説はこちら
前科証拠は自然的関連性を有しています。他方、前科証拠は以下の特徴をも有します。
①前科(特に同種前科)は、被告人の犯罪性向といった根拠の乏しい人格評価につながりやすく、誤った事実認定をしてしまう恐れがある・・・要は、「以前窃盗したことがあるのだから、今回も窃盗したのでしょ」というのは、犯罪を証明するための根拠としては薄い
②これを回避しようと、前科証拠について証拠調べをして当該事案とのつながりを探ろうとすると、被告人と検察官が前科について争うこととなり、争点が拡散してしまい妥当ではない
このことから最高裁は、前科証拠の証拠能力は、自然的関連性の有無だけではなく、証明しようとする事実との関係で、誤った事実認定に至るおそれがないと認められる場合に肯定されるとします。
具体的には、前科証拠を被告人と犯人の同一性(本件の犯人は本当に被告人なのか)の証明に用いる場合には、①前科にかかる犯罪事実が顕著な特徴を有し②それが起訴された犯罪事実と相当程度類似するため、それ自体で前科と本件の犯人が同一であることを合理的に推認させるような場合には、前科を証拠として採用できるとします。
↓該当部分の判例
被告人は、以前、現住建造物等放火罪を何度も犯し、実刑となっています。これらは、窃盗の際に満足いく金品を得られなかった鬱憤を晴らすために行われていました。本件で、被告人が盗んだのは現金1000円とカップ麺であり、窃盗により満足いく結果を得たとは言い難いです。そのため、被告人は、鬱憤を晴らすために、以前のように放火をしたのではないかと疑うことも可能です。
しかし、最高裁は以下の事実を指摘し、本件前科証拠を被告人の犯人性の立証に使用するのは許されないとしました。
①期待した通りのものを窃取できなかったから放火をする、といったことは、放火の動機としては特異な物ではない
②放火の態様は、石油ストーブ内の灯油を撒いて火を放つといったもので、特殊な態様ではない
③前刑放火は本件の17年前の犯行であり、前刑放火当時の犯罪傾向を本件犯行時も有していたと推認し難い・・・例えば、被告人が、一定の短期間の間に、窃盗とその際の放火を繰り返しており、両犯行の関連性が強固なものと判断された場合、被告人には、「窃盗の際に放火する」という犯罪傾向があったと言えます(この場合、被告人による窃盗の現場で起きた放火の罪について、基本的には、被告人が犯人であると推認しやすい)。しかし、本件のように前刑放火と本件との間隔が長期に及ぶ場合、被告人が以前有していたとされる犯罪傾向を、今も有しているとは必ずしも言えません。そうすると、前科証拠から前刑放火当時の犯罪傾向を立証しても、本件放火の犯人が被告人であると推認することは困難になります。
④被告人は、本件放火の前後の1か月に31件もの窃盗を犯したと述べているが(公訴の提起はされていない)、これらの窃盗でも十分な金品を得られていない場合は多々あるにもかかわらず、被告人は放火に及んでいないと認められることから、本件放火は、被告人の犯罪傾向が発現したとは解することは困難
↓以下該当部分の判例
「前刑放火は,原判決の指摘するとおり,11件全てが窃盗を試みて欲するような金品が得られなかったことに対する鬱憤を解消するためになされたものであること,うち10件は侵入した室内において,残り1件は侵入しようとした居室に向けてなされたものであるが,いずれも灯油を撒布して行われたものであることなどが認められる。本件放火の態様は,室内で石油ストーブの灯油をカーペットに撒布して火を放ったという犯行である。原判決は,これらの事実に加え,被告人が本件放火の最大でも5時間20分という時間内に上記の放火現場に侵入し,500円硬貨2枚とカップ麺1個を窃取したことを認めていることからすれば,上記の各前科と同様の状況に置かれた被告人が,同様の動機のもとに放火の意思を生じ,上記のとおりの手段,方法で犯行に及んだものと推認することができるので,関連性を認めるに十分であるという。」
「しかしながら,窃盗の目的で住居に侵入し,期待したほどの財物が窃取できなかったために放火に及ぶということが,放火の動機として特に際だった特徴を有するものとはいえないし,また,侵入した居室内に石油ストーブの灯油を撒いて火を放つという態様もさほど特殊なものとはいえず,これらの類似点が持つ,本件放火の犯行が被告人によるものであると推認させる力は,さほど強いものとは考えられない。」
「原判決は,上記のとおり,窃盗から放火の犯行に至る契機の点及び放火の態様の点について,前刑放火における行動傾向が固着化していると判示している。固着化しているという認定がいかなる事態を指しているのか必ずしも明らかではないが,単に前刑放火と本件放火との間に強い類似性があるというにとどまらず,他に選択の余地がないほどに強固に習慣化していること,あるいは被告人の性格の中に根付いていることを指したものではないかと解され,その結果前刑放火と本件放火がともに被告人によるものと推認できると述べるもののようである。しかし,単に反復累行しているという事実をもってそのように認定することができないことは明らかであり,以下に述べる事実に照らしても,被告人がこのような強固な犯罪傾向を有していると認めることはできず,実証的根拠の乏しい人格評価による認定というほかない。すなわち,前刑放火は,間に服役期間を挟み,いずれも本件放火の17年前の犯行であって,被告人がその間前刑当時と同様の犯罪傾向を有していたと推認することには疑問があるといわなければならない。加えて,被告人は,本件放火の前後の約1か月間に合計31件の窃盗(未遂を含む。以下同じ。)に及んだ旨上申している。上申の内容はいずれも具体的であるが,これらの窃盗については,公訴も提起されていない上,その中には被告人が十分な金品を得ていないとみられるものが多数あるにもかかわらず,これらの窃盗と接着した時間,場所で放火があったという事実はうかがわれず,本件についてのみ被告人の放火の犯罪傾向が発現したと解することは困難である。」
「上記のとおり,被告人は,本件放火に近接した時点に,その現場で窃盗に及び,十分な金品を得るに至らなかったという点において,前刑放火の際と類似した状況にあり,また,放火の態様にも類似性はあるが,本件前科証拠を本件放火の犯人が被告人であることの立証に用いることは,帰するところ,前刑放火の事実から被告人に対して放火を行う犯罪性向があるという人格的評価を加え,これをもとに被告人が本件放火に及んだという合理性に乏しい推論をすることに等しく,このような立証は許されないものというほかはない。」