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1.強制採尿の対象者を採尿場所へ任意同行することが事実上不可能であると認められる場合、対象者を適切な場所へ強制的に連行できる。 |
1.事案の概要
平成4年12月26日午前11時前ころ、被告人から、駐在所に意味のよく分からない内容の電話がありました。午前11時10分ころ、被告人のいる現場(被告人は乗用車に乗っていた)に到着した警察官は被告人に対する職務質問を開始したところ、被告人は、目をキョロキョロさせ、落ち着きのない態度で、素直に質問に応ぜず、エンジンを空ふかししたり、ハンドルを切るような動作をしたため、警察官は、被告人運転車両の窓から腕を差し入れ、エンジンキーを引き抜いて取り上げました。
警察官は、強制採尿を行うための令状の発付を請求しました。午後5時45分ころ、警察官らは、被告人の両腕をつかみ警察車両に乗車させた上、強制採尿令状を呈示しました。しかし、被告人が興奮して激しく抵抗したため、被告人運転車両に対する捜索差押手続を先行させました。ところが、被告人の興奮状態が続いたため、被告人を警察車両に乗車させたまま、本件現場を出発し、県内の病院に向かいました。そして、午後7時40分ころから52分ころまでの間、同病院において、被告人をベッドに寝かせ、医師がカテーテルを使用して被告人の尿を採取しました。
(関連条文)
・刑事訴訟法111条1項 :「差押状又は捜索状の執行については、錠をはずし、封を開き、その他必要な処分をすることができる。」
・刑事訴訟法222条1項 :「第99条、第100条、第102条乃至第105条、第110条乃至第112条、第114条、第115条及び第118条乃至第124条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第218条、第220条及び前条の規定によってする押収又は捜索について、第110条、第112条、第114条、第118条、第129条、第131条及び第137条乃至第140条の規定は、検察官、検察事務官又は司法警察職員が第218条又は第220条の規定によってする検証についてこれを準用する。」
【争点】
・強制採尿に際して、対象者を採尿に適した場所へ強制連行することは可能か
*なお、この判例は、職務質問における長時間の留め置きの適法性についても判示しています(こちら)。
2.判旨と解説
※以下は判旨と解説になりますが、まず黒枠内で判決についてまとめたものを記載し、後の「」でその部分の判決文を原文のまま記載しています。解説だけで十分理解できますが、法律の勉強のためには原文のまま理解することも大切ですので、一度原文にも目を通してみることをお勧めします。
強制採尿は、一定の要件を充たした場合に限り許されます(強制採尿についての判例)。もっとも、強制採尿をその場所で行うのは不適切又は不可能な場合があります。そのような場合に、対象者を、強制採尿に適した場所まで強制的に連行することは許されるのでしょうか?
本件で最高裁は、対象者の任意同行が事実上不可能な場合には、強制採尿令状の効力として、最小限の有形力を行使して、対象者を適切な場所へ連行することが許されるとしました。
なお、強制採尿令状による対象者の連行は、111条1項の「必要な処分」として行えるとする見解もありますが、最高裁は「強制採尿令状の効力として」行えるとしていることに注意しましょう。
「・・・身柄を拘束されていない被疑者を採尿場所へ任意に同行することが事実上不可能であると認められる場合には、強制採尿令状の効力として、採尿に適する最寄りの場所まで被疑者を連行することができ、その際、必要最小限度の有形力を行使することができるものと解するのが相当である。けだし、そのように解しないと、強制採尿令状の目的を達することができないだけでなく、このような場合に右令状を発付する裁判官は、連行の当否を含めて審査し、右令状を発付したものとみられるからである。その場合、右令状に、被疑者を採尿に適する最寄りの場所まで連行することを許可する旨を記載することができることはもとより、被疑者の所在場所が特定しているため、そこから最も近い特定の採尿場所を指定して、そこまで連行することを許可する旨を記載することができることも、明らかである。本件において、被告人を任意に採尿に適する場所まで同行することが事実上不可能であったことは、前記のとおりであり、連行のために必要限度を超えて被疑者を拘束したり有形力を加えたものとはみられない。また、前記病院における強制採尿手続にも、違法と目すべき点は見当たらない。したがって、本件強制採尿手続自体に違法はないというべきである。・・・」