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[解説] 長時間に及ぶ取調べの適法性(捜査):最高裁平成元年7月4日第三小法廷決定

Last Updated on 2020年10月16日

Point 
1.任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容される 

1.事案の概要 

捜査機関は、被害者が殺害されているのを発見したことから、捜査を開始しました。警察官は、一か月ほど前まで被害者と同棲していた被告人に目をつけ、事情を聴取するため、被告人方に赴いて任意同行を求めました。被告人は、これに応じ警察署に同行しました。警察官は、同日午後11時半過ぎころから本格的な取調べに入り、被告人に対し本件捜査への協力を要請したところ、これに応じる旨を示したので、夜を徹して取調べを行いました。翌日午前9時半過ぎころに至り、被告人は、被害者方で被害者を殺害しその金品を持ち出した事実について自白を始めました。そこで、その後約1時間にわたって取調べを続けたうえ、被害者と知り合ってから殺害するまでの経緯、犯行の動機、方法、犯行後の行動等を詳細に記載した全文六枚半に及ぶ上申書を午後2時ころ書き上げました。ところが、右上申書の記載及びこの間の被告人の供述は、それまでに警察に判明していた客観的事実とは異なるものであった等の問題があったため、警察官は、右の被告人の供述等には虚偽が含まれているものとみて、被告人に対し、その後も取調べを続けました。すると、被告人が犯行直前の被害者の態度に憤慨したほか同女の郵便貯金も欲しったので殺害した旨右強取の意思を有していたことを認める供述をするに至ったことから、更に上申書を作成するよう求め、これに応じた被告人は、午後4時ころから約1時間にわたって、右の旨を具体的に記載した全文一枚余の上申書を書きました。その後警察官は、午後9時25分被告人を逮捕しました。 

(関連条文) 

・刑事訴訟法197条1項 :「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」 

・刑事訴訟法198条1項 :「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。」 

 

【争点】 

・長時間(丸一日)に及ぶ取調べは適法か 

 

2.判旨と解説 

※以下は判旨と解説になりますが、まず黒枠内で判決についてまとめたものを記載し、後の「」でその部分の判決文を原文のまま記載しています。解説だけで十分理解できますが、法律の勉強のためには原文のまま理解することも大切ですので、一度原文にも目を通してみることをお勧めします。

 

本件では、被告人による自白の任意性が争われました(自白に任意性が欠ける場合、自白を記載した調書等を証拠として、裁判において使用することは許されません)。 

そして、その判断に際して、長時間に及ぶ本件取調べが適法であったか否かの判断がされています。そのため、本件判示を読む際には、直接的には自白の任意性が争われているということに留意しましょう(なお、捜査が違法=自白に任意性が欠ける、とは必ずしもなりません)。 

 捜査は任意捜査として行うのが原則です。もっとも、任意捜査であっても、無制限に許されるものではありません。任意捜査としての取調べは、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されます。 

*強制処分についての説明はこちら 

*任意捜査についての説明はこちら

 

「右の事実関係のもとにおいて、昭和五八年二月一日午後一一時過ぎに被告人を平塚警察署に任意同行した後翌二日午後九時二五分に逮捕するまでの間になされた被告人に対する取調べは、刑訴法一九八条に基づく任意捜査上して行われたものと認められるところ、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において、許容されるものである(最高裁昭和五七年(あ)第三〇一号同五九年二月二九日第二小法廷決定・刑集三八巻三号四七九頁参照)。」 

 

最高裁は、本件取調べは、被告人を一睡もさせずに行われたものである等の事情を踏まえると、このような取調べは容易には是認できないとします。しかし、本件においては以下の事情があったことを指摘し、本件取調べは、社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであったとまでは断ずることができず、適法であるとしました。 

①被告人から進んで取調べを受けていた 

②被害者を殺害した旨の自白を始めたのは、午前9時半ごろ(取調べ開始から約12時間後)であり、その後の取調べの継続は、捜査によって既に獲得した資料と自白が客観的に整合しなかったため、自白に虚偽があるとの疑いがあった事による(逮捕に必要な資料は既に得ていた) 

③取調べにおいて、被告人から帰宅や休憩をしたい等の申し出が行われていない 

④本件が殺人という重大な事案であった 

 

「右の見地から本件任意取調べの適否について勘案するのに、本件任意取調べは、被告人に一睡もさせずに徹夜で行われ、更に被告人が一応の自白をした後もほぼ半日にわたり継続してなされたものであつて、一般的に、このような長時間にわたる被疑者に対する取調べは、たとえ任意捜査としてなされるものであつても、被疑者の心身に多大の苦痛、疲労を与えるものであるから、特段の事情がない限り、容易にこれを是認できるものではなく、ことに本件においては、被告人が被害者を殺害したことを認める自白をした段階で速やかに必要な裏付け捜査をしたうえ逮捕手続をとつて取調べを中断するなど他にとりうる方途もあつたと考えられるのであるから、その適法性を肯認するには慎重を期さなければならない。そして、もし本件取調べが被告人の供述の任意性に疑いを生じさせるようなものであったときには、その取調べを違法とし、その間になされた自白の証拠能力を否定すべきものである。そこで、本件任意取調べについて更に検討するのに、次のような特殊な事情のあったことはこれを認めなければならない。すなわち、前述のとおり、警察官は、被害者の生前の生活状況等をよく知る参考人として被告人から事情を聴取するため本件取調べを始めたものであり、冒頭被告人から進んで取調べを願う旨の承諾を得ていた。また、被告人が被害者を殺害した旨の自白を始めたのは、翌朝午前九時半過ぎころであり、その後取調べが長時間に及んだのも、警察官において、逮捕に必要な資料を得る意図のもとに強盗の犯意について自白を強要するため取調べを続け、あるいは逮捕の際の時間制限を免れる意図のもとに任意取調べを装って取調べを続けた結果ではなく、それまでの捜査により既に逮捕に必要な資料はこれを得ていたものの、殺人と窃盗に及んだ旨の被告人の自白が客観的状況と照応せず、虚偽を含んでいると判断されたため、真相は強盗殺人ではないかとの容疑を抱いて取調べを続けた結果であると認められる。さらに、本件の任意の取調べを通じて、被告人が取調べを拒否して帰宅しようとしたり、休息させてほしいと申し出た形跡はなく、本件の任意の取調べ及びその後の取調べにおいて、警察官の追及を受けながらなお前記郵便貯金の払戻時期など重要な点につき虚偽の供述や弁解を続けるなどの態度を示しており、所論がいうように当時被告人が風邪や眠気のため意識がもうろうとしていたなどの状態にあつたものとは認め難い。以上の事情に加え、本件事案の性質、重大性を総合勘案すると、本件取調べは、社会通念上任意捜査として許容される限度を逸脱したものであつたとまでは断ずることができず、その際になされた被告人の自白の任意性に疑いを生じさせるようなものであつたとも認められない。したがつて、本件の任意取調べの際に作成された被告人の上申書、その後の取調べの過程で作成された被告人の上申書、司法警察員及び検察官に対する各供述調書の任意性を肯定し、その証拠能力を認めた第一審判決を是認した原判決に違法があるとはいえない。」 

 

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