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[解説] 任意取調べと宿泊―高輪グリーンマンション殺人事件(捜査):最高裁昭和59年2月29日第2小法廷判決

Last Updated on 2020年10月16日

Point 
1.任意取調べは、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容される。 

1.事案の概要 

東京都港区のマンシヨンで被害者が何者かによって殺害されました。被告人もその捜査対象となっていたところ、被告人は自ら警察署に出頭し、本件犯行当時アリバイがある旨の弁明をしました。ところが、裏付捜査の結果右アリバイの主張が虚偽であることが判明し、被告人に対する容疑が強まったところから、同年6月7日早朝、捜査官4名が被告人の居室に赴き、本件の有力容疑者として被告人に任意同行を求めました。被告人がこれに応じたので、右捜査官らは、被告人を同署の自動車に同乗させて同署に同行しました。 

捜査官らは、被告人の承諾のもとに被告人を警視庁に同道した上、ポリグラフ検査を受けさせた後、警察署に連れ戻り、同署において、被告人を取り調べ、右アリバイの点などを追及したところ、同日、被告人は本件犯行を認めるに至りました。そこで、捜査官らは、被告人に本件犯行についての自白を内容とする答申書を作成させ、同日午後11時すぎには一応の取調べを終えましたが、被告人からの申出もあって、同署近くの宿泊施設に被告人を宿泊させ、捜査官4、5名も同宿し、被告人の挙動を監視しました。8日朝、捜査官らは、自動車で被告人を迎えに行き、朝から午後11時ころに至るまで警察署の調べ室で被告人を取り調べ、同夜も被告人が帰宅を望まないということで、捜査官らが手配して自動車で被告人を同署からほど近いホテルに送り届けて同所に宿泊させました。翌9日以降も同様の取調べを行いました。このようにして、同月11日まで被告人に対する取調べを続行し、捜査本部ではその後も被告人の自白を裏付けるべき捜査を続けました。 

(関連条文) 

・刑事訴訟法197条1項 : 捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。 

・刑事訴訟法198条1項 : 検察官、検察事務官又は司法警察職員は、犯罪の捜査をするについて必要があるときは、被疑者の出頭を求め、これを取り調べることができる。但し、被疑者は、逮捕又は勾留されている場合を除いては、出頭を拒み、又は出頭後、何時でも退去することができる。 

 

【争点】 

・宿泊を伴う取調べは適法か 

 

2.判旨と解説 

※以下は判旨と解説になりますが、まず黒枠内で判決についてまとめたものを記載し、後の「」でその部分の判決文を原文のまま記載しています。解説だけで十分理解できますが、法律の勉強のためには原文のまま理解することも大切ですので、一度原文にも目を通してみることをお勧めします。

 

捜査は、任意捜査として行うのが原則で、強制処分を用いることができるのは法律に特別の定めがある場合です(刑訴197条1項)。本件では、被告人に対し宿泊を伴う取調べがなされていますが、これは本件宿泊に伴う取調べが強制処分にあたらないことが前提となっています。 

*強制処分についてはこちら 

 もっとも、任意捜査であっても、無制限に許されるものではありません。判例は、任意捜査としての取調べは、社会通念上相当と認められる方法ないし態様及び限度において許容されるとしました。 

*任意捜査についてはこちら 

 

「右のような事実関係のもとにおいて、昭和五十二年六月七日に被告人を高輪警察署に任意同行して以降同月一一日に至る間の被告人に対する取調べは、刑訴法一九八条に基づき、任意捜査としてなされたものと認められるところ、任意捜査においては、強制手段、すなわち、「個人の意思を抑圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段」(最高裁昭和五〇年(あ)第一四六号同五一年三月一六日第三小法廷決定・刑集三〇巻二号一八七頁参照)を用いることが許されないということはいうまでもないが、任意捜査の一環としての被疑者に対する取調べは、右のような強制手段によることができないというだけでなく、さらに、事案の性質、被疑者に対する容疑の程度、被疑者の態度等諸般の事情を勘案して、社会通念上相当と認められる方法ないし様態及び限度において、許容されるものと解すべきである。」 

 

結論として、本件任意取調べは、相当性を欠く面はあるが、以下の事情を踏まえると、社会通念上やむを得なかったものであり、違法ではないと判示しました。 

①被告人に対する容疑が強まっていた 

②殺人事件という重大事件であり、被告人から事情を聴く必要性があった 

③任意同行の手段・方法に不当な点はなく、また、取調べに際し暴行脅迫等が行われておらず、被告人の供述の任意性に影響を与えたことが窺われない 

④宿泊を伴う取調べを行うことは被告人の意向でもあり、また、被告人は宿泊の拒否や帰宅の申し出をしておらず、捜査官らこれらを静止・拒絶したという事実もない

 

「これを本件についてみるに、まず、被告人に対する当初の任意同行については、捜査の進展状況からみて被告人に対する容疑が強まっており、事案の性質、重大性等にもかんがみると、その段階で直接被告人から事情を聴き弁解を徴する必要性があつたことは明らかであり、任意同行の手段・方法等の点において相当性を欠くところがあつたものとは認め難く、また、右任意動向に引き続くその後の被告人に対する取調べ自体については、その際に暴行、脅迫等被告人の供述の任意性に影響を及ぼすべき事跡があつたものとは認め難い。しかし、被告人を四夜にわたり捜査官の手配した宿泊施設に宿泊させた上、前後五日間にわたって被疑者としての取調べを続行した点については、原判示のように、右の間被告人が単に「警察の庇護ないしはゆるやかな監視のもとに置かれていたものと見ることができる」というような状況にあつたにすぎないものといえるか、疑問の余地がある。すなわち、被告人を右のように宿泊させたことについては、被告人の住居たるC荘は高輪警察署からさほど遠くはなく、深夜であっても帰宅できない特段の事情も見当たらない上、第一日目の夜は、捜査官が同宿し被告人の挙動を直接監視し、第二日目以降も、捜査官らが前記ホテルに同宿こそしなかったもののその周辺に張り込んで被告人の動静を監視しており、高輪警察署との往復には、警察の自動車が使用され、捜査官が同乗して送り迎えがなされているほか、最初の三晩については警察において宿泊費用を支払っており、しかもこの間午前中から深夜に至るまでの長時間、連日にわたって本件についての追及、取調べが続けられたものであつて、これらの諸事情に徴すると、被告人は、捜査官の意向にそうように、右のような宿泊を伴う連日にわたる長時間の取調べに応じざるを得ない状況に置かれていたものとみられる一面もあり、その期間も長く、任意取調べの方法として必ずしも妥当なものであつたとはいい難い。しかしながら、他面、被告人は、右初日の宿泊については前記のような答申書を差し出しており、また、記録上、右の間に被告人が取調べや宿泊を拒否し、調べ室あるいは宿泊施設から退去し帰宅することを申し出たり、そのような行動に出た証跡はなく、捜査官らが、取調べを強行し、被告人の退去、帰宅を拒絶したり制止したというような事実も窺われないのであって、これらの諸事情を総合すると、右取調べにせよ宿泊にせよ、結局、被告人がその意思によりこれを容認し応じていたものと認められるのである。被告人に対する右のような取調べは、宿泊の点など任意捜査の方法として必ずしも妥当とはいい難いところがあるものの、被告人が任意に応じていたものと認められるばかりでなく、事案の性質上、速やかに被告人から詳細な事情及び弁解を聴取する必要性があつたものと認められることなどの本件における具体的状況を総合すると、結局、社会通念上やむを得なかったものというべく、任意捜査として許容される限界を越えた違法なものであつたとまでは断じ難いというべきである。したがつて、右任意取調べの過程で作成された被告人の答申書、司法警察員に対する供述調書中の自白については、記録上他に特段の任意性を疑うべき事情も認め難いのであるから、その任意性を肯定し、証拠能力があるものとした第一審判決を是認した原判断は、結論において相当である。」 

 

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