Xは、コンビニで万引きしました。この場合に、Xを窃盗の被疑事実で通常逮捕したとします。この逮捕は、何ら問題もない適法な逮捕です。
それでは、上記事案で、Xに近所で発生した殺人事件の容疑があったとします。この場合に、殺人事件に関して取調べをしたいがために、上記窃盗の被疑事実でXを逮捕しました。
このような、重大な他の事件について捜査をするために、証拠の揃っている他の軽微な被疑事実で逮捕するといった手法を別件逮捕と言います。上記事例の場合、窃盗を別件、殺人を本件と言います。
*逮捕についてはこちら
別件逮捕が許されるか否かについては争いがあります。以下で2つの考え方を説明します。
1.本件基準説
1つは、本件基準説と呼ばれるものです。これは、別件について逮捕の要件を充たしていても、本件の捜査のために行った逮捕の場合は、違法な逮捕であるとします。
根拠として、
①裁判官による令状の審査は本件に及んでいないため、令状主義を潜脱するものである
②別件逮捕後に本件を被疑事実とする逮捕も可能なので、不当な身体拘束を可能とする
③逮捕・勾留は、犯人の逃亡や証拠の隠滅を防止するためのものであり、そのため、捜査を目的とする逮捕は許されない
といったことが挙げられています。
*②逮捕・勾留は事件を単位に行われます(事件単位の原則)。つまり、異なる機会に行われた窃盗と殺人は、事件を異にしますので、窃盗の被疑事実で逮捕した後に、殺人の被疑事実で逮捕することも許されるのです。
本件基準説をとる場合、令状請求時に別件逮捕であることが明らかな場合、裁判官は令状請求を却下し、他方、逮捕後勾留中に発覚した場合、身体拘束は違法なため、勾留は取り消されることになります(なお、逮捕に対する準抗告は認められていません)。
2.別件基準説
もう1つは、別件基準説と呼ばれるものです。これは、別件について逮捕の要件を備える場合、その別件逮捕は適法であるとします。根拠として①別件については逮捕の要件を形式的に満たしているのだから、これを違法とすることはできない②裁判官は捜査官の意図を知ることは困難なのだから、本件のための捜査か否かを判断することができない、といったことが挙げられます。
別件基準説による場合、別件逮捕は適法です(中には、別件逮捕後の取調べ状況によっては、事後的に身体拘束が違法になるとする説もあります)。もっとも、身体拘束中の本件に関する取調べの適法性は、もっぱら余罪取調べが許されるかといった観点から判断されます。