刑法217条、218条は、遺棄罪、保護責任者遺棄罪を定めています。
両罪は、生命・身体に対する危険を防止するための規定と解されています。要は、保護を必要とする者を、保護の届かない場所に移動させたり、保護せず放置したりすると、衰弱ひいては死に至ってしまう可能性があるため、そのような行為を禁止する必要があるということです。
そのような趣旨から、両罪の客体は無制限ではなく、老年者、幼年者等に限られています。
1.遺棄罪とは
「扶助を必要とする」とは、他人の扶持助力がなければ自らの日常生活を営むべき動作をできないことを言います。
また、遺棄罪の行為は「遺棄」です。
例① Aは、足が不自由なB(80歳)を車で山中へ連れだし、そこに放置して立ち去った。
この場合のBは、老年で、また、足が不自由なことから扶助を必要とする者にあたると言えます。Aは、そのようなBを遺棄したので、遺棄罪が成立します。
2.保護責任者遺棄罪とは
遺棄罪と異なり、保護責任者遺棄罪は主体が限定され、また、遺棄罪より刑罰が加重されています。その根拠に関しては争いがあり、保護責任者という地位があることで、①違法性が高まる、あるいは、②責任非難が重くなるとする考え方があります。
・刑法218条 :「老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の懲役に処する。」
遺棄罪と異なり、「扶助を必要とする」という文言はありませんが、保護責任者遺棄罪にもこの要件は必要と解されています。
保護責任者遺棄罪の主体は「保護する責任のある者」です。保護責任が発生する根拠として、法律、契約、先行行為、条理等が挙げられます。
保護責任者遺棄罪の行為は「遺棄」と「不保護」です。
例② AはB(一歳)の母親であったが、育児が面倒になり、Bを1ヵ月放置した。
Bは一人では日常生活を行えない幼年者であり、Aは保護する責任のある者といえます。そして、AはBを放置(不保護)しているので、Aに保護責任者遺棄罪が成立します。
なお、遺棄罪、保護責任者遺棄罪共に、「遺棄」や「不保護」の結果、その者が傷害を負った、もしくは死亡した場合、遺棄等致傷罪(刑219条)が成立します。
・刑法219条 :「前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。」
【遺棄と不保護の関係】
今回挙げた例で犯人が行った行為は、問題なく「遺棄」「不保護」に該当すると考える方が多いと思います。しかし、「遺棄」と「不保護」、更に言うなら、217条の「遺棄」と218条の「遺棄」の内容に関しては、かねてより議論があります。
例③ Aと、高齢で足の不自由なB(80歳)は山登りを趣味にしており、二人で山登りに行った。その最中、ふとAはBを山中に置いていこうと考え、Bを放置して一人で帰ってしまった。
この場合、Aは保護責任者にあたらないと思われます。そうすると保護責任者遺棄罪は成立しません。次に、遺棄罪が適用されるか問題になります。AがしたのはBをほったらかしにして帰る行為です。これは「遺棄」なのでしょうか、それとも「不保護」なのでしょうか。これを判断するためには、両罪の「遺棄」と「不保護」の意味を考えなければなりません。
通説は、「遺棄」と「不保護」を以下のように解します(判例も同様の立場と考えられています)。
・遺棄…要扶助者と場所的間隔を生じさせること。また、遺棄を①移置(要扶助者を場所的に移転させること)②置き去り(要扶助者から離れていくこと)に分ける
・不保護…場所的間隔を生じさせず要扶助者を保護しないこと
そして、遺棄罪にいう「遺棄」は①移置に限られ、保護責任者遺棄罪の「遺棄」は、①移置②置き去りを含むとします。
つまり、両罪の「遺棄」は内容が異なると解するのです。そうすると、先ほどの例でAが行った置き去り行為は、217条の定める「遺棄」にあたらないとされます。したがって、Aは不可罰となります。
この見解に対しては、同じ「遺棄」なのに、違う意味で解釈するのは妥当でないという批判があります。