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1.逮捕に伴う捜索差押えが違法とされた。 |
1.事案の概要
警察官らは、暴行事件の捜査で、被告人に対する逮捕状の発付を受け、被告人宅に赴きました。そして、令状に基づき居室内で被告人を逮捕し、逮捕に伴う捜索差押えとして居室内を捜索しました。すると、暴行事件に関する証拠は発見できませんでしたが、逮捕直前まで被告人が寝ていた布団の枕元にあった木箱及び紙袋の中から、覚せい剤使用に使われる天秤棒式はかり1式、小型ハサミ2丁、覚せい剤が入っていると思われるビニール袋が発見されました。
そこで警察官らは、これらについて被告人に尋ねると、「他人から預かっている」とか「自分の物である」等と述べたため、被告人の同意を得て袋内の粉末を検査したところ、陽性反応が出ました。そのため、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として重ねて逮捕するとともに、覚せい剤が入った小袋等を覚せい剤取締法違反の証拠物として差し押さえました。なお警察官らは、暴行事件による被告人の逮捕の機会を利用して、被告人による覚せい剤の所持、使用等の嫌疑を裏付ける証拠の発見、収集しようとしていました。
(関連条文)
・刑事訴訟法220条1項 「検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第199条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第210条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。」
・1号 「人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。」
・2号 「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。」
【争点】
・暴行事件を被疑事実とする逮捕を契機として行われた覚せい剤等の差押えは適法か
2.判旨と解説
被告人は、覚せい剤の差押えは違法なので、これに関連する証拠は証拠能力を否定すべきと主張しました。
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警察官らは、被告人を、暴行事件を理由とする逮捕状に基づき逮捕しています(①)。そして、逮捕に伴う捜索をしていたところ、覚せい剤等を発見しています(②)。そこで、被告人を覚せい剤取締法違反の容疑で現行犯逮捕し(③)、これに伴う差押えとして覚せい剤等を差押えています(④)。
そこで、まずは②の適法性が問題になります。というのも、刑事訴訟法220条1項2号は「逮捕の現場」で捜索差押えをすることができるとしていますが、「逮捕の現場」がどの範囲を指すのか不明瞭であるためです。
この点について高裁は、捜索差押えの範囲は、逮捕者の身体に危険を及ぼす可能性のある凶器等の発見、保全などに必要な範囲内で行われなければならないとします(緊急処分説)。この観点から本件を見ると、警察官らは最初から暴行事件を利用して、覚せい剤取締法違反の証拠の発見収集をしようとしていたので、本件での覚せい剤等の捜索は違法であるとします。また、覚せい剤等の差押えは③④の手続きを経ていますが、これは②の違法な捜索中に発見収集された証拠物であるので、適法に収集されたものではないとしました。
「ところで、刑事訴訟法二二〇条一項二号は、司法警察職員が被疑者を逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で捜索、差押をすることができる旨定めているが、その捜索、差押は、逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠物の発見、収集、及びその場の状況からみて逮捕者の身体に危険を及ぼす可能性のある凶器等の発見、保全などに必要な範囲内で行われなければならず、この範囲を越え、余罪の証拠の発見、収集などのために行なうことが許されないことは多言を要しないところであるから、前述のとおり、警察官らが右覚せい剤粉末を発見した後、被告人を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し、かつ、右被疑事件に関する証拠物として覚せい剤粉末を差押えたとしても、それは違法な捜索の過程中に発見、収集された証拠物であるとの評価を受けることを免れないといわなければならない。」
覚せい剤等は違法な手続きにより収集されたものですから、これらに証拠能力が認められるかが続けて問題となります。
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この点高裁は、以下の事情から、収集手続き上に重大な瑕疵が無いので証拠能力は否定されないとしました。
①覚せい剤の捜索差押えは、暴行事件を理由とする逮捕という適法な手続きに基づき開始された
②覚せい剤粉末に関しては被告人が直前まで寝ていた枕元にあったので、警察官らが被告人を逮捕する際に容易に発見できた(緊急処分説を前提にしても、被告人の寝ていた枕元付近は被告人の身体に近接する範囲なので、本来ならば、捜索可能な範囲に含まれる。)
「そこで、更に進んで、右覚せい剤粉末及びこれに関連して作成された所論の証拠書類の証拠能力について考えてみると、右覚せい剤粉末に関する捜索は、違法のものではあるが、全くの無権限で開始されたものではなく、形式的には前記暴行被疑事実による逮捕に伴う強制処分として適法に開始されたものであること、また、差押を受けた覚せい剤粉末に限定していうならば、右は被告人が直前まで寝ていた布団の枕元の木箱の中にあつたものであるから、警察官らにおいて右暴行被疑事実により被告人を逮捕する際、これに伴う必要最小限の強制処分として被告人の身体にごく近接する範囲内を一通り捜索しただけで容易に発見することができたものであることなどを考えると、右覚せい剤粉末の発見、収集手続上の瑕疵は実質的に重大なものということはできず、このような場合、右覚せい剤粉末及びこれに関連して作成された証拠書類の証拠能力を否定することは相当でないというべきである。結局、原判示第二の事実につき、本件覚せい剤及びこれに関連する証拠書類の証拠能力を肯定し、その余の各証拠とともに被告人を有罪と認めた原判断は、その理由において首肯し難い点はあるが、結論において正当であり、原判決には判決に影響を及ぼすべき訴訟手続に関する法令違反ないし事実誤認があるとは認められない。論旨は理由がない。」