【判例解説】長時間に及ぶビデオ撮影の適法性(捜査):さいたま地判平成30年5月10日
Point |
1.長時間に及ぶビデオ撮影が違法とされた
2.ビデオ撮影により得た証拠が排除された |
1.事案の概要
暴力団員である被告人は、以下の事実で起訴されました(解説と関係のない公訴事実は除いています)。
①共犯者と共謀の上、平成28年3月16日午前0時35分頃に、何らかの方法で他の組の組長が管理する自動車に点火して火を放ち、同車エンジンルーム、ボンネット等を焼損させた
②共犯者と共謀の上、同日午前1時3分頃、火炎びんを組事務所内に投げ入れて炎上させて火を放った(以下、これらを「本件放火事件」とします。)。
本件放火事件ではガソリンが使用されたところ、被告人は、平成28年3月4日午後(犯行の約2週間前)に、被告人方車庫から被告人方玄関内に向かって赤色のガソリン携行缶様のものを持って歩いていたことが、警察官によりビデオ撮影されていました。また、その3月12日午前に、レンタカー内に赤色のガソリン携行缶2つを運び込んでいる様子もビデオ撮影されていました(以下、本件放火事件に関連するビデオ撮影証拠を「本件証拠」とします。)。
裁判所は、ビデオ撮影について以下のように認定しています。
①撮影は、平成27年10月4日から平成28年5月19日までの間行われた
②撮影は、被告人宅の近所にビデオカメラを設置し、24時間連続(つまり、約半年ほぼ休まず)で行った
③撮影されたのは、被告人宅の玄関とその前の公道付近。もっとも、被告人宅の玄関が開けられた場合、ドアの内部の様子が映り込み、場合によっては25分間も内部の様子が撮影されていた。
④ビデオカメラの映像データは、外付けハードディスクに保存され、これをパソコンにダウンロードして保存していた。その際、明らかに事件とは無関係な部分だけ排除していた
⑤撮影の必要性について、警察官は、平成27年7月21日に発生した盗品等運搬事件につき逮捕状が出ていた者(被告人ではない。以下、解説において「X」とします。)の行動パターンの把握のためであったと証言している。実際、平成28年5月17日にその者が逮捕されたため、5月19日に撮影は終了している
(関連条文)
・刑事訴訟法197条1項 「捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。」
【争点】
・本件ビデオ撮影は強制処分に該当するか
・本件ビデオ撮影は任意捜査として許容されるか
・本件証拠は、排除されるか
2.判旨と解説
(1)捜査の適法性について
本件で被告人は、①警察官が行ったビデオ撮影は違法であり②違法なビデオ撮影により得た本件証拠は排除されるべきだと主張しました。
*写真・ビデオ撮影に関するほかの判例についてはこちら
ビデオ撮影について直接定めた規定は刑事訴訟法に存在しませんが、任意捜査として許容される場合があると考えられています。
*強制処分法定主義の解説はこちら
*任意捜査の原則についての解説はこちら
裁判所は、本件のビデオ撮影が強制処分には該当しないことを前提として、任意捜査として許容されるかについて検討します。そして以下の事情を指摘し、本件放火事件当時の撮影(平成28年3月頃)は、任意捜査として相当と認められる範囲を逸脱した違法なものであったとしました。
①撮影開始時点では被告人宅前を撮影する必要が認められる 。
②もっとも、撮影開始後すぐに、Xが被告人宅に立ち寄っていることが確認できたのに、X逮捕のための具体的対応を、ほとんど行っていないのは理解できない 。
③そうすると、X逮捕のためにビデオ撮影がどこまで必要であったか、そして、そもそも撮影の目的がXの逮捕にあったのか疑わしい 。
④仮にそのような目的があったとしても、Xの立ち寄りは平成28年の初め頃までしか認められないのだから、その後漫然と撮影を継続するのは不適切である。
⑤撮影範囲は、不特定多数の者が行き来することが想定されない敷地内に設置されたビデオカメラから撮影されたものであり、また、被告人宅内部が映り込むことから、プライバシー侵害の度合いが高い。
⑥撮影はおよそ7カ月半、ほとんど常時撮影されており、撮影により情報が蓄積されるにつれ生活状況等が把握されるので、プライバシー侵害の度合いが他の事案と比べ高い。
⑦撮影が被告人自身に対する嫌疑から行われたものではないので、被疑者に対するビデオ撮影とは異なった配慮がされるべき。
⑧警察官は、ハードディスク内のデータをパソコンにダウンロードしていたのだが、保存する部分について、警察内部で明確な基準がなかった。
⑨被告人や被告人以外の来客の映像のほか、関係のない映像も保存され続けており、保存後に事件とは無関係と判明しても、消去されずに保存され続けていたものがあった 。
⑩事件の関係性について検討することなく、漫然と映像を保存し続けていたことから、プライバシー侵害の程度を下げるための十分な配慮がされていない。
「前記の事情を前提に検討すると,まず,平成27年10月の本件撮影開始時点において,Xが被告人方に立ち寄る可能性があったこと,逮捕のためにXの所在や行動パターンを把握する必要があり,そのためには被告人方前をビデオ撮影する必要があったことが認められる。もっとも,証人は,本件捜査の一番の目的はXの逮捕である,あるいは本件撮影にはXの逮捕以外の捜査目的はなかった旨を述べているが,本件撮影開始の少し後には,Xがほぼ毎日被告人方に立ち寄っていることが確認できており,警察も同年11月には逮捕する態勢を取ったというのに,同年12月に1度,平成28年1月に1度逮捕に失敗しただけで,その他逮捕に向けた具体的対応を取っていなかったというのは理解できない。そうすると,逮捕のために本件ビデオ撮影がどこまで必要であったのか,そもそもXの逮捕のためというのが本件撮影の真の目的であったのかについても疑問があるが,証人の証言する目的を前提にしたとしても,平成28年の初め頃までしかXの立ち寄りが確認できておらず,Xを被告人方において逮捕できる可能性が低下し,本件撮影を継続する必要性は相当程度減少していたのに,同年5月19日まで漫然と本件撮影を続けていた点において,警察の対応は不適切であったと言わざるを得ない。」
(2)証拠排除について
ビデオ撮影で獲得したデータのうち、本件で必要な部分は、被告人がガソリン缶のようなものを持って歩いた箇所等(本件証拠)です。しかし、これは平成28年初めごろ以降撮影されたものです。上で検討したところによれば、本件証拠は、違法捜査により獲得した証拠という事になります。そこで裁判所は、本件証拠が排除されるか否か検討します。
*違法収集証拠排除法則についてはこちら
裁判所は以下の事情を指摘し、本件証拠は排除されるべきとしました。そして、本件証拠を除いては、被告人が本件放火事件を行ったことを証明できないので、被告人を無罪としました。
①本件証拠は違法捜査から直接取得され、また密接に関連するものである。
②撮影をする必要性は相当程度減少していたのに、プライバシー侵害の程度が高い撮影を続けた。
③最高裁の判例は、撮影の必要性、緊急性、相当性について厳格に判断するべきとしており、これを警察官も認識していた。
④にもかかわらず、必要性等について検討せずに漫然と撮影を続けた。
⑤撮影は、逮捕の現場等緊急の場面ゆえに、とっさの判断を誤り行われたものではなく、必要性等について検討する機会は十分にあった。
⑥これら警察官の態度は、遵法精神を大きく書くものである。
⑦先述のように、X逮捕のための具体的措置をほとんどとっておらず、この対応は理解できないため、そもそもビデオ設置の理由が本当にX逮捕のためであったのか疑わしい。
⑧証人(警察官?)は、本件のビデオ撮影について問題ないと考えており、埼玉県警では現在でも同様な捜査が現在も行われていると述べており、本件撮影の問題点を理解していない。