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1.強制処分を、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段と定義 2.強制処分に至らない有形力の行使は、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される |
1.事案の概要
被告人は、酒酔い運転のうえ、道路端に置かれたごみ箱などに自車を衝突させる物損事故を起しました。間もなく事故現場に到着したA、Bの両巡査から、運転免許証の提示とアルコール保有量検査のための風船への呼気の吹き込みを求められたが、いずれも拒否しました。そこで、両巡査は、道路交通法違反の被疑者として取調べるために被告人をパトロールカーで警察署へ任意同行しました。被告人は、飲酒した後、自動車を運転途中に事故を起したもので、その際顔は赤くて酒のにおいが強く、身体がふらつき、言葉も乱暴で、外見上酒に酔っていることがうかがわれました。
被告人は、両巡査から警察署内で取調べを受け、運転免許証の提示要求にはすぐに応じたが、呼気検査については、再三説得されてもこれに応じませんでした。後に被告人の父が両巡査の要請で来署して説得したものの聞き入れず、かえつて反抗的態度に出たため、父は、説得をあきらめ、母が来れば警察の要求に従う旨の被告人の返答を得て、自宅に呼びにもどりました。両巡査は、なおも説得をしながら、被告人の母の到着を待っていました。すると、被告人からマッチを貸してほしいといわれたが、これを断わると、被告人が「マッチを取ってくる。」といいながら急に椅子から立ち上がつて出入口の方へ小走りに行きかけたので、A巡査は、被告人が逃げ去るのではないかと思い、被告人の左斜め前に近寄り、「風船をやってからでいいではないか。」と言って両手で被告人の左手首を掴みました(本件行為)。すると、これに反応して暴れだした被告人は、公務執行妨害罪の現行犯人として逮捕されました。
*本件行為が違法と解された場合、Aの行為の公務性が否定(公務執行妨害罪の公務は適法なものであることが要求される)され、公務執行妨害罪の成立が否定される可能性があります。
(関連条文)
・刑事訴訟法197条1項:捜査については、その目的を達するため必要な取調をすることができる。但し、強制の処分は、この法律に特別の定のある場合でなければ、これをすることができない。
2.判旨と解説
※以下は判旨と解説になりますが、まず黒枠内で判決についてまとめたものを記載し、後の「」でその部分の判決文を原文のまま記載しています。解説だけで十分理解できますが、法律の勉強のためには原文のまま理解することも大切ですので、一度原文にも目を通してみることをお勧めします。
「捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。」
「ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。」
「これを本件についてみると、A巡査の前記行為は、呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。」
次に、A巡査の行為が任意捜査として許容されるか否かを検討します。本件では、以下の事情から、A巡査の行為は相当な行為であったとされました。
①被告人に酒酔い運転の罪の強い嫌疑があった
②呼気検査を応じよとする説得に対して、母が来ればこれに応じるという被告人の発言がなされ、母を待っている最中に、被告人が急に退室しようとしたことへの抑制として本件行為が行われた
③本件行為の程度がさほど強いものではなかった
「また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたのでその連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない。」