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1.現行犯逮捕が適法とされた |
1.事案の概要
被告人は、平成16年9月22日午後7時53分ころから午後7時56分ころまでの間、電車内で、被害者に強制わいせつ行為をしました。(第1行為)。その後、午後8時1分ころ、下車した被害者を尾行し、午後8時7分発の被害者が乗り込んだ電車内に後を追って乗り込みました。そして、午後8時11分ころ、被害者が駅で下車して改札口を出ても執拗に被害者に追随し、被害者につきまといました(第2行為)。
被告人は、同日午後8時14分ころ、路上で、被害者の父親から、本件強制わいせつ罪の現行犯人として逮捕されました。
(関係法令)
・刑事訴訟法212条1項 「現に罪を行い、又は現に罪を行い終った者を現行犯人とする。」
・2項柱書 左の各号の一にあたる者が、罪を行い終ってから間がないと明らかに認められるときは、これを現行犯人とみなす。
1号 犯人として追呼されているとき。
2号 贓物又は明らかに犯罪の用に供したと思われる兇器その他の物を所持しているとき。
3号 身体又は被服に犯罪の顕著な証跡があるとき。
4号 誰何されて逃走しようとするとき。
【争点】
・被告人は現行犯人に当たるか
2.判旨と解説
原審は、被告人に対する現行犯人は現行犯逮捕、準現行犯逮捕の要件を欠いているため違法としました。
*現行犯逮捕の解説はこちら
現行犯人は「現に罪を行い」又は「現に罪を行い終わった」者を言います。まず高裁は、犯行は午後7時56分ごろに終了していることから、被告人が前者にあたらないことを確認します。
「第1の犯行は,前記のとおり遅くとも午後7時56分ころに終了している。原審検察官の論告要旨(2)には(4頁,原審記録92丁),被告人が原判示第2の犯行に出ていることなどから,その後も強制わいせつ行為が終了していない旨の主張があるが,この見解を採用しなかった原判決の判断(25頁)に誤りはない。そのため,被告人に関しては,刑事訴訟法212条1項にいう「現に罪を行い」の要件が欠けていることは明らかである。」
次に、被告人が「現に罪を行い終わった者」と言えるかどうか検討します。第1犯行と第2犯行は、場所的時間的に隔たりがあります。しかし、犯人は、第1犯行後すぐに第2犯行に出るなどし、被害者につきまとっていました。そうすると、被害者にとって、第1犯行時から現行犯逮捕時まで、犯人が終始間近にいる状態が継続していたことになります。そこで、高裁は、被害者との関係では「現に罪を行い終わった」の要件が存続していたとしました。
「第1の犯行終了から前記逮捕まで約18分経過しており,また,女子高校生やその後を追ってきた被告人が電車で移動したことなどから,第1の犯行場所と前記逮捕場所とは距離的に相当程度離れていることが明らかであるから,そのことだけに着目すると,前記条項の「現に罪を行い終わった」の要件も欠けるに至ったと解する余地もあり得,原判決(25頁)は,このような見解に立つものと解される。しかし,被告人は,第1の犯行に引き続いて前記のとおり第2の犯行に出て,女子高校生につきまとっていたから,女子高校生にとっては,第1の犯行の犯人である被告人が終始身近にいる状態が前記逮捕の時点まで続いていたことになる。この点も併せて考えると,第1の犯行終了時から前記逮捕までの間に,前記のような時間的,場所的隔たりがあったにせよ,女子高校生との関係では,前記「現に罪を行い終わった」との要件は依然として存在しているものと解するのが相当である。そうすると,女子高校生が直接本件現行犯逮捕を行っていれば,そのことを違法と解すべき余地はなかったといえる。なお,原判決(25頁)も,「被告人が強制わいせつ行為を行ったことは,女子高校生が認識しているものの」としているが,そのことと本件逮捕との関係について更に検討することなく,逮捕手続の適法性を否定しているところに問題があったといえる。」
この状況下で、被害者が被告人を現行犯逮捕するのは何ら問題ありません。しかし、被告人を逮捕したのは被害者の父親でした。これをどのように評価するべきでしょうか。
本件で、被害者の父親が被告人を現行犯逮捕するまでに以下の事情がありました。
①被害者は父親に痴漢された事実を伝え、迎え来るよう、そして、他人の振りをして自分についてくるよう頼んでいた
②父親は被害者から、被告人の服装を知らされていた
③被害者は駅改札を出て、父親の脇を他人の振りをして通り過ぎ、父親から銀行の前で待つよう電話で指示を受けてこれに従った
④父親は、改札で被害者から聞いた服装の被告人を確認し後をつけていたところ、被告人が不審な行動をとっているのを目撃した
⑤踏切傍で被告人に対し「お前,娘をずっとつけてきているだろう。」などと話し、最終的に被害者を逮捕し、被害者もその場に歩み寄ってきた
「ところが,本件では,女子高校生の父親が逮捕行為に出ているから,そのことについて更に検討する。この逮捕行為の経緯については,原判決(6~8頁)が詳細に認定している。~〔1〕父親は,午後8時2分(以下の時間の記載のないのは,全て同日午後8時台である。)ころ,女子高校生から携帯電話で,後をつけてくる変なやつがいて痴漢をされたなどと告げられ,X駅まで迎えに来ることを依頼された後,4分ころ,メールで,前記のとおり「駅ついてもちょっと他人のフリしてみて。」と依頼され,10分ころ,メールでその服装について「コゲチャのスーツきてて中はライン入ったワイシャツきてる。」と知らされた,〔2〕女子高校生は,11分ころX駅改札口を出て,父親の脇を他人の振りをして通り過ぎ,同駅南側の踏切を渡り,銀行の前で待つようにとの父親の電話による指示に従って,同駅東側の原判示銀行支店前まで行ったが,父親が遮断機が下りていて踏切を渡れないため,踏切方面に戻った,〔3〕父親は,前記改札口で,女子高校生に聞いた服装に合致する風体の被告人を確認し,女子高校生と被告人の様子を見ながら後をついて行き,前記のとおり踏切を渡れなかったものの,被告人が前記支店前で女子高校生の脇を通り過ぎた後Uターンして再び女子高校生に近付くなどの不審な行動を取っているのを踏切越しに目撃し,踏切脇の歩道橋を渡って駅東側に行ったが,女子高校生らを見失い,踏切方面に向かったところで,踏切から出てきた女子高校生と被告人に出会い,被告人に対し,「お前,娘をずっとつけてきてるだろう。」などと話したりした末に,14分ころ,被告人を前記のとおり逮捕しており,女子高校生もその場に歩み寄ってきた。」
高裁は、これらの事実を考慮すれば、実質的な逮捕者は父親と被害者であるから、現行犯逮捕は適法であるとしました。
「これらの事実によれば,父親自身,女子高校生から痴漢にあい,その犯人の特徴を知らされ,女子高校生を迎えに行って,前記改札口を出た後の当該犯人の特徴に合致する被告人による女子高校生に対するつきまとい行為を現認し,その間も女子高校生と連絡を取り合ったりしていたから,女子高校生から聞いた痴漢行為が強制わいせつ行為であるとまでの正確な認識や,犯行から前記逮捕までにどの程度の時間的,場所的隔たりがあったかまでは知り得ていないとはいえ,女子高校生に協力して強制わいせつの犯人を逮捕するに足りる認識を有していたことが認められる。そして,女子高校生は,父親に被告人を逮捕してくれることを望んでいて,父親に被告人の人相,風体や自分が陥っている状況を認識してもらって,逮捕の機会を与えるべく前記のような行動に出ていたのである。こうしてみると,本件現行犯逮捕は,手続上は父親のみによる逮捕とされているが,女子高校生と前記のとおり連絡を取り合い,犯人等に関して前記の程度の認識を持つに至っていた父親が,女子高校生に協力する形で女子高校生に代わって逮捕という実力行動に出たものといえ,実質的な逮捕者は,父親と女子高校生であると認めるのが相当である。そして,女子高校生との関係では,本件逮捕は,前記のとおり「現に罪を行い終わった」との要件を満たしているから,現行犯逮捕としての適法性を備えていると解することができる。」