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【判例解説】違法性の錯誤(総論):最高裁昭和62年7月16日第一小法廷決定

Last Updated on 2021年9月20日

 

Point 
1.本件事実関係の下では、被告人が違法性の意識を欠いていたとしても、それにつき相当の理由がある場合に当たらない。 

 

1.事案の概要 

 

被告人は、自己の経営する飲食店の宣伝のため、写真製版所に依頼し、まず、表面は、写真製版の方法により日本銀行発行の百円紙幣とほぼ同じのデザインとし、上下二か所に小さく「サービス券」と赤い文字で記載し、裏面は広告を記載したサービス券(第一審判示第一、一のサービス券)を印刷させました。また、表面は、右と同じデザインとしたうえ、上下二か所にある紙幣番号を飲食店の電話番号に、中央上部にある「日本銀行券」の表示を「飲食店券」の表示に変え、裏面は広告を記載したサービス券も印刷させました。 

 

被告人は、サービス券の作成前に、製版所側から片面が百円紙幣の表面とほぼ同一のサービス券を作成することはまずいのではないかなどと言われたので、知合いの巡査を訪ね、同人及びその場にいた同課防犯係長に相談しました。すると、同人らから通貨及証券模造取締法の条文を示されたうえ、紙幣と紛らわしいものを作ることは同法に違反することを告げられ、サービス券の寸法を真券より大きくしたり、「見本」、「サービス券」などの文字を入れたりして誰が見ても紛らわしくないようにすればよいのではないかなどと助言されました。しかし、被告人としては、その際の警察官らの態度が好意的であり、右助言も必ずそうしなければいけないというような断言的なものとは受け取れなかつたことや、取引銀行の支店長代理に前記サービス券の頒布計画を打ち明け、サービス券に銀行の帯封を巻いてほしい旨を依頼したのに対し、支店長代理が簡単にこれを承諾したということもあってか、右助言を重大視せず、当時百円紙幣が市中に流通することは全くないし、表面の印刷が百円紙幣と紛らわしいものであるとしても、裏面には広告文言を印刷するのであるから、表裏を全体として見るならば問題にならないのではないかと考えました。 

 

被告人は、写真原版の製作後、製版所側からの忠告により、表面に「サービス券」の文字を入れたこともあり、サービス券を作成しても処罰されるようなことはあるまいと楽観し、前記警察官らの助言に従わずにサービス券の作成に及びました。次いで、被告人は、取引銀行でこれに銀行名の入った帯封をかけてもらったうえ、右帯封をかけたサービス券一束約一〇〇枚を警察署に持参し、助言を受けた前記防犯係長らに差し出しました。すると、格別の注意も警告も受けず、かえって前記巡査が珍しいものがあるとして同室者らに右サービス券を配付してくれたりしたので、ますます安心し、更に、サービス券の印刷を依頼してこれを作成しました。  

 

(関連条文) 

・刑法38条3項 「法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる。」 

 

【争点】  

・違法性の意識を欠いていた場合に、犯罪が成立するか 

 

2.判旨と解説 

 

 被告人は、通貨及証券模造取締法違反で起訴されています。もっとも、被告人には、自己の行為が違法であることを認識していませんでした。このような場合に、被告人に犯罪は成立するでしょうか。 

 

*違法性の意識についての解説はこちら 

 

 学説では、違法性の意識が必要とする見解、違法性の意識の可能性が必要とする見解があります。しかし、最高裁は自己の立場を明言せず、本件では違法性の意識を欠くことにつき相当な理由がない場合であるから、この点については判断しませんでした。 

 

 (なお、決定要旨にはXとともに起訴された被告人Yについても触れられていますが、Yの罪責の説明については省略しています) 

 

「このような事実関係の下においては、被告人Xが第一審判示第一の各行為の、また、被告人Yが同第二の行為の各違法性の意識を欠いていたとしても、それにつきいずれも相当の理由がある場合には当たらないとした原判決の判断は、これを是認することができるから、この際、行為の違法性の意識を欠くにつき相当の理由があれば犯罪は成立しないとの見解の採否についての立ち入った検討をまつまでもなく、本件各行為を有罪とした原判決の結論に誤りはない。」 

  

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