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【判例解説】窃盗罪と242条(各論):最高平成元年7月7日第三小法廷決定   

Last Updated on 2021年1月18日

 

Point 
1.占有説の立場から、被告人に窃盗罪の成立を認めた。 

 

1.事案の概要 

 

被告人は、自動車の時価の2分の1ないし10分の1程度の融資金額を提示し、用意してある買戻約款付自動車売買契約書に署名押印させて融資をしていました。契約書には、以下の内容の記載がありました。 

 

借主が自動車を融資金額で被告人に売渡してその所有権と占有権を被告人に移転し、返済期限に相当する買戻期限までに融資金額に一定の利息を付した金額を支払って買戻権を行使しない限り、被告人が自動車を任意に処分することができる 

 

契約当事者の間では、借主が契約後も自動車を保管し利用することができることは、当然の前提とされていました。ま、被告人としては、自動車を転売した方が格段に利益が大きいため、借主が返済期限に遅れれば直ちに自動車を引き揚げて転売するつもりでしたが、客に対してはその意図を秘し、時たま説明を求める客に対しても「不動産の譲渡担保と同じことだ。」とか「車を引き揚げるのは一〇〇人に一人位で、よほどひどく遅れたときだ。」などと説明するのみでした。 

 

被告人は、一部の自動車については返済期限の前日又は未明、その他の自動車についても返済期限の翌日未明又は数日中に保管場所に赴き、同行した合鍵屋に作らせた合鍵を利用し、あるいはレッカー車に牽引させて、借主等に断ることなしに自動車を引き揚げて、これを転売するなどしていました 

 

(関連条文) 

・刑法235条 「他人の財物を窃取した者は、窃盗の罪とし、10年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する。 

・刑法242条 「自己の財物であっても、他人が占有し、又は公務所の命令により他人が看守するものであるときは、この章の罪については、他人の財物とみなす。 

 

 

【争点】 

・被告人の行為に窃盗罪が成立するか 

2.判旨と解説 

 

 本件で、自動車の占有は被害者の下にあったことについては問題ありません。もっとも、所有権の所在については争いがありました。ここでは、被告人に自動車の所有権があることを前提にします(買戻条項が行使され、被害者に自動車の所有権が帰属するに至った場合、被告人の行為に窃盗罪が成立することは問題ありません)。 

 

*窃盗罪の解説についてはこちら 

 

 窃盗罪の保護法益については本権説(所有権その他の賃借権等の本権)、占有説(事実上の占有それ自体)とで争いがあります。これ特に問題となるのが、刑法242条の適用場面です。これについて詳しく説明します。 

 

例① Xがが占有するY所有の本を奪った。  

 

 刑法235条の「他人の」とは、他人の所有権に属することを指します。本はY所有かつY占有ですから、Xに窃盗罪が成立しますこの場合、刑法242条は問題となりません。 

  

例② Xが占有するX所有の本を奪った。もっとも、これはYがXから借りたものであった。 

 

 保護法益についてどちらの説をとっても、窃盗罪が成立します。この場合は刑法235条、242条が適用されます。本件では、所有権はXにあるので、Xの行為他人の所有権を侵害したとは言えません。そのため、刑法235条だけでは窃盗罪を肯定できません。242条を適用することによって、窃盗罪の成立を肯定することができるのです 

 

説明の仕方は、242条の「占有」をどのように解するかで異なります。ここで先ほど述べた保護法益が密接に関係してきます 

 

 本権説に立つ場合、占有は何らかの権原に基づく必要がありますが、Yの占有は賃借権に基づくものなので保護されると説明します。他方、占有説に立つ場合、占有れ自体が保護法益なので、賃借権があろうとなかろうと、XはYの占有を侵害しているため、窃盗罪が成立すると説明します。  

 

例③ XがY占有するX所有本を奪った。もっとも、これはYがXから借りたものであったが、返却期限を過ぎていた。 

 

 この場合、本権説、占有説で結論が異なります。本権説に立つ場合、窃取時にはYに賃借権がないので、本権に基づく占有と言えず、窃盗罪が成立しないことになります。 

 

他方、占有説に立つ場合、占有それ自体が保護法益なので、この場合にも窃盗罪が成立します。 

 

なお、現在の通説は、本権に基づく占有まではいかなくとも、「合理的理由のある占有」「平穏な占有」が保護されるとします(中間説。この説の内容は論者によって異なるので、細かい説明は省略しますこの説は、大雑把に言うと、本権まではいかなくとも、何らかの保護に値する占有のを保護するといった考え方です。この説に立った場合、Yの占有は当初から違法だったわけではなく、また、目的物を返還しなければならないが、適正な手続きによってこれを実現するべきであるとしてXに窃盗罪の成立を認めます。 

 

 もっとも、最高裁は占有説に立っているとされます。本件でも、仮に被告人に所有権があったとしても、242条にいう他人の占有に属する物を窃取したことには変わりないとして、被告人に窃盗罪の成立を認めました。 

 

以上の事実に照らすと、被告人が自動車を引き揚げた時点においては、自動車は借主の事実上の支配内にあつたことが明らかであるから、かりに被告人にその所有権があつたとしても、被告人の引揚行為は、刑法二四二条にいう他人の占有に属する物を窃取したものとして窃盗罪を構成するというべきであり、かつ、その行為は、社会通念上借主に受忍を求める限度を超えた違法なものというほかはない。したがつて、これと同旨の原判決の判断は正当である。 

 

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